倩霞(三)

中にひときわ白く、なめらかな足があった。足の裏には、川の字のような紋理がうっすらと浮かんで見えた。林青は昨夜見た不思議な夢を思い出した。 「倩霞の足だ」 林青はその足の裏に筆で倩霞の名前を記した。 耿精忠が確かめると、今度も倩霞であった。これ…

倩霞(二)

林青は手の一つ一つをじっくり見たのだが、どれもほっそりとして、玉を刻んだよう。倩霞の手を見分けるのは、至難の業であった。 その時、倩霞が左手の薬指の爪を二寸あまり伸ばしていたことを思い出した。そこで、もう一度、手を見て回ると、十六番目の手の…

倩霞(一)

靖南(せいなん)王の耿精忠(こうせいちゅう)は封土の福建で豪奢をほこり、その贅沢はとどまることを知らなかった。王府の護衛に林青という者がいた。年は二十歳で、耿精忠から実の甥のようにかわいがられていた。そのため、藩邸へ自由に出入りすることを…

逢瀬

壮士の某(なにがし)が湖広(ここう、湖北湖南一帯のこと)の古寺に泊まっていた。 ある夜、明月があまりに美しかったので、某は寺を出て辺りを散策した。ふと見ると、林の木々の間を何やらふわふわ飛んでいる。目を凝らしてみたところ、唐巾(とうきん、頭…

夜来香の女

定陶(ていとう、山東省)の徐生(じょせい)は雅やかな美少年であった。物腰は柔らかで、いつもしゃれた身なりをしていた。 隣家の晁(ちょう)氏の庭に一株の夜来香があった。高さは庇(ひさし)まであり、数千もの花を咲かせていた。花は盃ほどの大きさが…

柳生

東呉(江蘇省)の柳生(りゅうせい)は隣家の娘、蕭点雲(しょうてんうん)に恋い焦がれていた。ある日、その家の前を通りかかると、点雲が扉に寄りかかって外をながめていた。この時、柳生は少しばかり酒を飲んでおり、酔った勢いで言い寄った。 「点雲ちゃ…

『金瓶梅』異聞

明の王世貞(おうせいてい)の父親は尚書の唐順之(とうじゅんし)と不仲であった。順之は権力を握ると、口実を設けて世貞の父親を捕らえ、獄に下して殺した。父が殺された時、世貞はまだ幼かった。 後に世貞は優秀な成績で進士となり、翰林院(かんりんいん…

蕭家のお嬢様

饒州(じょうしゅう、江西省)の連少連は独り身で、母と貧しい暮らしを送っていた。ようやく、金持ちの家の住み込みの家庭教師の職にありついた。 ある晩、紫色の衣を着た老婆が現われて、こう言った。 「あなたによい縁談を持ってきてあげましたよ。東隣の…

幽霊屋敷

献県(河北省)の東にある淮鎮(わいちん)に、馬氏が住んでいた。この馬氏の家で、ある日、突然、奇妙なことが起こるようになった。石や瓦が投げ込まれたり、不気味なすすり泣きが聞こえたり、誰もいないところから火が出たり、という奇怪な現象が一年あま…

生きていた死刑囚

順治年間(1644〜1661)、山東の張立山が開化(浙江省)の県知事となった。木子雄(もくしゆう)という男が財産を奪うために殺人を犯して、死刑を言い渡された。後は刑の執行許可が下るのを待つばかりであった。 たまたま張立山の親が死んだため、郷里に戻っ…

壮絶孝子

庚子の年(康煕五十九年、1720)の中元の日、私(作者、金埴のこと)は河間(河北省)の北の二十里鋪というところに泊まった。旅の埃を落そうとたらいで水浴びをしていると、突然、触れ回る大声が聞こえてきた。 山東の孝子が母を背負って災害から避けてここ…

狐総管

都の西単牌楼(せいたんはいろう)に大きな貸し家があった。狐が棲みついたために、借り手がなかった。家賃を得られないことに腹を立てた家主は、自ら貸し家に出向いて狐を罵った。 その晩、家主の幼い子供がいなくなった。家族総出で探し回ったところ、子供…

江西南昌(なんしょう)の農村で子供が鴨を河に放していたところ、一羽が田のあぜに逃げ込んだ。田の所有者である秀才が、この時、たまたまあぜ道を歩いていた。秀才は鴨を見つけると、捕まえて連れ帰った。それを見た子供は秀才の後を追いかけ、家の前で追…

心許身殉

原邑(げんゆう、山西省)の学生、郭長泰(かくちょうたい)は眉目秀麗で才気あふれる少年であった。 十八歳で学校に入ることになり、正装して親戚にあいさつ回りをした。従妹の家を訪ねてみると、そこは後家の母と娘の二人暮しであった。女所帯であったが、…

板の上の女

光緒六年(1880)五月、湖北の漢口鎮(かんこうちん)に奇妙な木の板が流れ着いた。それは何枚もの板を重ねて荒縄で縛ってあり、上には女が一人横たわっていた。 女は手足を広げた格好で横たわり、両手両足は板に打ちつけた鉄の輪で繋がれ、身動きできない様…

西園の女

杭郡(浙江省)の周という人が友人の陳某とともに江蘇地方を旅行し、ある名士の家に泊まった。 季節は初秋で残暑がきびしい上に、部屋が手狭であった。そこで、二人は屋敷の西園の精舎(しょうじゃ)に移ることにした。山に面し、池に望んで非常に幽静であっ…

博徒

孝廉(こうれん、郷試の合格者)のなにがしは長い受験生活を送るうちに困窮し、日々の暮らしにも困るようになった。友人や親戚に借金を申し入れても、誰も貸してくれない。そんな中、近所に住む博徒(ばくと)だけが、 「先生、おかげさまで今日は大勝ちしま…

宰白鴨

福建のショウ州、泉州では凶悪な事件がきわめて多い。金持ちが人を殺した時には、貧乏人に多額の金を渡して自分の身代わりにする。貧乏人は金のために殺人犯として出頭し、死刑に処せられるのである。どんなに賢明な役人でも、やめさせることはできない。こ…

王氏の娘

四川内江(ないこう)県に王氏という名家があった。娘は早くに富豪のトウなにがしと婚約していた。 王氏の娘は豊満な体つきをしており、特に腹のあたりがふっくらしていた。そのため、口さがない人々は、 「はらんでるんじゃないか」 と、うわさし合った。や…

尻の肉

福建のある県で十四歳の少年が殺される事件が起きた。犯人はすぐに捕らえられた。 県令が死体を検分すると、首から下に数か所の傷があった。ここまでは普通の死体であったが、不思議なことに尻の穴を中心に肉が大きくえぐり取られていた。仔細に調べると、尻…

閙房

婚礼の夜、親戚や友人が新婚夫婦の寝室に集まって騒ぐ。夫婦をひやかして深夜まで騒ぐのだが、ひどい時には明け方まで騒いで、新婚夫婦を二人きりにさせないこともある。これを「閙房(どうぼう)」という。江蘇、浙江地域で広く行われ、嶺南(れいなん、広…

早産

ある妊婦、まだ七か月だというのに突然産気づいて、そのまま子供を産み落とした。夫は子供が未熟児なので、育たないのではないかと非常に心配し、人に会うごとに未熟児が育つかどうか問いかけた。 ある日、友人と話しているうちに話題が子供のことに及んだ。…

広東(カントン)のある寺に、一人の年老いた僧侶がいた。貧苦の中で修行をし、厳格に戒律を守っていた。 ある夏の日のこと、旅の道士が寺に一夜の宿を泊めた。僧侶が、 「我が寺はむさ苦しく、仙師(せんし)をお泊めできるところではありませぬ。もしそれ…

狐憑き

宣府(山西省)赤城衛の武官に郭應忠(かくおうちゅう)という人がいた。陜西から来た同じ武官の張某と懇意にしており、娘と張家の息子の間には婚約が調っていた。張家は非常な物持ちで、婚礼を挙げたら陜西へ戻るつもりであった。これに應忠は難色を示した…

狐の仇討ち

嘉慶(かけい)十年(1805)のことである。 陝西(せんせい)の甘棠(かんとう)県に高中秋(こうちゅうしゅう)という人がいた。その行ないは無頼(ぶらい)で、美しいひげを垂らした身の丈八尺(当時の一尺は32センチ)の偉丈夫であった。 ある時、山で狩…

南海(広東省)の黄なにがしは質屋で出納係をしていた。妻は死刑執行人の娘であった。 まだ嫁ぐ前、胸の病による発作に苦しんだ。父親が人の肝と薬をまぜて飲ませたところ、痛みがおさまった。その後も発作に見舞われると、数日間、苦しみ叫んだ。父親は処刑…

長い長い道

広東(カントン)に郭(かく)という人がいた。 ある夕暮れ、友人のところから帰る途中、山中で道に迷ってしまった。しばらく歩き回っていると山の上の方から人の笑い声が聞こえてくる。見ると、十数人の者が車座になって酒を飲んでいた。郭が来たのを見ると…

襄陽の少年

ある商人が舟で襄陽(じょうよう、湖北省)を旅していた。途中、二つの小箱を背負った僧侶が乗せてほしいと求めてきた。船頭は見ず知らずの人間を乗せることに難色を示したが、商人は、 「まさか、出家の人が悪いことをするはずはないだろう」 と言って、僧…

賢い下女

都でも有数の資産家が、数年前から昌平(しょうへい)州(北京近郊)出身の下女を雇っていた。下女はたいそう賢く、よく主人の意を汲んだ。そのため、夫人はすっかり気に入り、財産の隠し場所を教えて、その管理を任せるほどであった。 ある夜、主人が不在の…

消えた死体

ある老人が車で崇文門(すうぶんもん)から北京に入ろうとしたところ、城門に着く前に頓死してしまった。御者が知らずに城門を通り抜けようとすると、番兵が老人の死体を見つけた。御者は殺人の疑いで捕らえられた。 すでに日も暮れていたので、死体は翌日、…