袁双の妻

東晋太元五年(380)のことである[言焦](しょう)県(安徽省)の袁双(えんそう)は貧しく、雇い人として働いていた。


ある日のこと、夕暮れ時に帰宅する途中、一人の娘と出会った。年の頃は十五、六でたいそう美しい。娘は言った。


「あなたのお嫁さんになりに来ました」


貧しい袁双が自力で妻を娶るのは、とうてい無理なことであった。彼はこの申し出を喜んで受け入れ、娘を妻とした。


五、六年後、袁双の家は豊かになり、二人の息子にも恵まれた。十年も経つと、富豪と呼ばれるほどになった。


後に、村で死人が出た。埋葬がすむと、袁双の妻は一人で墓に出かけ、着物を脱ぎ、装身具をはずして近くの木に掛けた。一糸まとわぬ裸になると、身を揺すって虎に変じた。そして、鋭い爪で、墓のまだ柔らかい土を掘り返して棺を引きずり出し、死人の肉を食らった。食い終わると、また人間に戻った。


ある時、これを見かけた人があり、こっそり袁双に知らせた。


「奥さんは人間ではないぞ。気をつけろ」


しかし、袁双は信じなかった。


しばらくして、また死者が出た。袁双の妻は虎となって死肉を食らった。袁双の妻のことは、すでに村でもうわさになっていた。


ある人が袁双を埋葬がすんだばかりの墓に連れて行き、妻が虎に変じて死肉を食らっているところを見せた。袁双もようやく信じた。


袁双の妻は正体を知られたことを知ると、よそへ逃げた。そこでも死肉を食らい続けたという。



(隋『五行志』)


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