2010-09-01から1ヶ月間の記事一覧

おっとり

ある文雅な男がいた。性格はいたっておっとりしており、物言いや挙措には少しも焦ったところがなかった。 厳冬のある日、友人とともに炉を囲んで話していると、突然、ものの焦げる匂いがする。見れば、友人の着物の裾に炉の火が燃え移っている。そこで、穏や…

史家塘

餘干(よかん、江西省)の北の街道沿いの史家塘(しかとう)というため池があった。深い緑色の水をたたえ、道行く人はしばしば足を止めて憩(いこ)い、その眺めを楽しんだ。ある暑い夏の日のことであった。役人が妻妾を連れて史家塘を通りかかり、池のほと…

長い長い道

広東(カントン)に郭(かく)という人がいた。 ある夕暮れ、友人のところから帰る途中、山中で道に迷ってしまった。しばらく歩き回っていると山の上の方から人の笑い声が聞こえてくる。見ると、十数人の者が車座になって酒を飲んでいた。郭が来たのを見ると…

呉淞の孫生

呉淞(ごしょう、上海付近)の孫生は十七歳で、絵に描いたような美少年であった。隣家にこれまた美しい娘が住んでおり、孫生とは人目を避けて冗談を言い合う仲であった。孫生はいつも一線を踏み越えたいと願っていたのだが、なかなかその機会を得られないで…

海嘯異聞

南宋の紹興八年(1138)八月十八日のことである。この日は銭塘江(せんとうこう)で海嘯(かいしょう、逆流)が起こる二日前にあたっていた。沿岸の住民の耳に空中から人の声が聞こえてきた。 「橋の上の数百人が死ぬぞ。どいつも行いの正しからぬ人間だ。ま…

襄陽の少年

ある商人が舟で襄陽(じょうよう、湖北省)を旅していた。途中、二つの小箱を背負った僧侶が乗せてほしいと求めてきた。船頭は見ず知らずの人間を乗せることに難色を示したが、商人は、 「まさか、出家の人が悪いことをするはずはないだろう」 と言って、僧…

小麦粉

唐の開元年間(713〜741)のことである。 彭城(ほうじょう)の劉甲という人が河北の知県に任じられた。家族を連れて任地へ赴く途中、山間の旅籠に宿をとった。劉甲の妻は絶世の美女で、これを見た旅籠の主人はこう言った。 「この地には神がいて、美女と見…

賢い下女

都でも有数の資産家が、数年前から昌平(しょうへい)州(北京近郊)出身の下女を雇っていた。下女はたいそう賢く、よく主人の意を汲んだ。そのため、夫人はすっかり気に入り、財産の隠し場所を教えて、その管理を任せるほどであった。 ある夜、主人が不在の…

禽戯

元代の杭州(浙江省)で動物の曲芸を見せる者があった。それは亀を使うものであった。 まず、大小七匹の亀を机の端に並べる。そして太鼓を打ち鳴らすと、一番大きな亀がノッソリと動き出して机の中央に進み出てうずくまる。次に二番目に大きな亀がノソノソと…

呼ぶ声

元嘉九年(424〜453)のことである。 南陽(なんよう、河南省)の楽遐(がくか)という人が部屋で坐っていると、突然、空中から夫婦の名を呼ぶ声が聞こえてきた。 不思議な声は真夜中まで続いて、ようやくやんだ。楽遐は驚きとともにおそれを抱いた。 数日後…

古井戸の怪

唐の天宝年間(742〜756)のことである。金陵(きんりょう、南京)の裕福な家の子弟で陳仲躬(ちんちゅうきゅう)という人がいた。仲躬は生来学問を好み、研鑚(けんさん)を積むために何千両もの金子を携えて洛陽に遊学することにした。洛陽に着いた仲躬は…

消えた死体

ある老人が車で崇文門(すうぶんもん)から北京に入ろうとしたところ、城門に着く前に頓死してしまった。御者が知らずに城門を通り抜けようとすると、番兵が老人の死体を見つけた。御者は殺人の疑いで捕らえられた。 すでに日も暮れていたので、死体は翌日、…

夜航船

杭州(浙江省)には夜航船というものがある。文字通り夜航行する船で、一晩に百里(当時の一里は約580メートル)ほど進む。船室らしいものはなく、男女は船倉(せんそう)に雑魚寝するのだが、その間を隔てるのは一枚の板だけであった。 仁和(じんわ)の張…

南康(なんこう、江西省)に任考之(じんこうし)という人がいた。この人が舟に使う材木を切り出している時、社(やしろ)の神木の上に一匹の猿がいるのを見つけた。 猿の腹は丸くせり出し、どうも身重のようである。考之は面白半分に木によじ登ると、この猿…