2010-07-01から1ヶ月間の記事一覧

雲英(二)

航が興味深く見ていると、葦(あし)で編んだ筵(むしろ)の下からほっそりとした白い腕が二本現われ、小さな瓶(かめ)を差し出した。受け取って一口飲んだ航は驚いた。 その味わいはまさに甘露(かんろ)かと思われ、立ちのぼるえも言われぬよい香りが戸外…

雲英(一)

唐の長慶(ちょうけい、821〜824)年間のことである。裴航(はいこう)という秀才がいた。 試験に落第したので鄂渚(がくしょ、湖北省)へ旅に出て、旧友の崔相国(さいしょうこく)を訪ねた。航の境遇に同情した相国は二十万貫の銭を贈り、都へ帰るよう忠告…

父と子

楊元英(ようげんえい)は則天武后の時の太常卿(宮廷の祭祀を司る部署の長官)であった。仕事人間で、毎日分刻みで公務をこなしていた。職務優先の人生を送り、開元年間(713〜741)に亡くなった。かれこれ二十年前のことになる。 ある日、元英の息子が打物…

人柱

隋末のことである。汾州(ふんしゅう、山西省)で城壁を築いていたのだが、不思議なことに西南の隅だけが何度作業をしてもうまくいかなかった。朝、でき上がったかと思えば、夕方には崩れてしまうのであった。城内に十二、三歳になる少女がいたのだが、突然…

尼寺から逃げた男

尼寺に迷い込んだ男がいた。尼僧達は争って男と関係を結んだ。男もはじめのうちは楽しんでいたのだが、数日もすると家を恋しがるようになった。尼僧達は送別の宴にことよせて男を酔いつぶすと、家に帰れないよう頭をつるつるに剃ってしまった。 しかし、男は…

伝屍病

隋の煬帝(ようだい)の大業末年(六一七)のことである。洛陽(河南省)の民家で伝屍病(でんしびょう)が発生し、数人いた兄弟が相次いで死んだ。 後に、ある人が伝屍病にかかって死んだ。その人が今にも息を引き取りそうになった時、家族は枕元で顔を覆っ…

海賊

唐の臨海県(浙江省)に袁晁(えんちょう)という人がいた。表向きは海商であったが、その実は海賊を働いて荒稼ぎをしていた。 広徳(こうとく)二年(746)のある日、袁晁は手下を率いて永嘉(えいか)県(浙江省)へ掠奪に向った。途中で大波に遭い、沖合…

学問続けて五百年

辰州(しんしゅう、湖南省)麻陽(まよう)県に働き者の農民がいた。毎日、朝から晩まで田畑を耕して日々の糧を得て、それなりに幸せに生活していた。 ある日のこと、一匹のブタがどこからともなくやって来て田んぼに入ると、植えたばかり苗を食ってしまった…

戴十の妻

戴十(たいじゅう)はどこの人かはわからない。乱の後、洛陽(らくよう、河南省)の東南にある左家荘(さかそう)に移り住み、雇い仕事をして暮らしていた。 癸卯の年(1243)の八月、一人の通事が戴十の管理する豆畑に馬を入れた。戴十がそれを追い払うと、…

化成寺

宋の紹興二十四年(1154)六月、江州(こうしゅう、江西省)彭沢(ほうたく)県の沈持要(しんじよう)が臨江(りんこう、江西省)へ出張する途中、湖口(ここう)県(江西省)から六十里(当時の一里は約550メートル)離れたところにある化成寺(かせいじ)…

粗末な月

ある男、人と話す時、何かと、 「粗末なもので…」 と謙遜する。ある日、友人を招いて酒を飲んでいると、折よく月が上った。これには友人、大喜び。 「今宵は何と結構な月だ」 すると、くだんの男、うやうやしくお辞儀をして、 「これはお恥ずかしい、うちの…

天の賜物

医巫閭(いふりょ)山は広寧(こうねい、遼寧省西部)の名山である。また、そこに祭られている閭山公廟が霊験あらたかなことでも有名であった。 実際、どのような霊験があったのか、具体的に語ることのできる者はいないのであるが、廟内の神像は恐ろしげでう…

白い鸚鵡

唐の天宝年間(742〜756)に嶺南(れいなん、広東・広西・安南地方)から一羽の白い鸚鵡が献上された。珍しく思った皇帝はこの鸚鵡を手元で飼うことにした。宮中で暮らすこと数年、元々聡明なこの鸚鵡は中華の言葉を憶え、達者に喋るようになった。上は貴妃…

丁家の四郎

陝西(せんせい)に春月(しゅんげつ)という美しい娘がいた。ある日、庭で兄嫁と鞦韆(ブランコ)で遊んでいると、垣根越しに美少年が馬に乗って通りかかるのが見えた。春月と兄嫁は美少年に心を奪われ、その姿をじっと目で追った。庭と道を隔てる垣根は低…

虎の厄

東晋の孝武帝(こうぶてい)の生母李太后は低い身分の出であった。簡文帝(かんぶんてい)には子供がなく、かつて占い師に宮女の人相を見せて、 「子供を産みそうな女はおらぬか」 とたずねた。占い師はざっと見渡して言った。 「そのような女はおりませぬ」…

真面目な番頭さん(九)

張員外の説明によると、元旦に女が簾の奥から外をながめているところへ、王招宣の屋敷の童僕が年始の贈り物を届けに来た。女が、 「お屋敷では変わったことはない?」 ときくと、童僕はこう答えた。 「特に何もありません。そう言えば、先日、招宣様の百八粒…

真面目な番頭さん(八)

張勝は女を向かいの家に預けると、母親に話しにいった。 「おや、お帰り。ずいぶん、遅かったね。二哥(じか)は? 一緒だったんだろうね」 「それが、実は……」 と、張勝は張員外の店が閉門になったことや、妾に出くわしたことを逐一話して聞かせた。話を聞…

真面目な番頭さん(七)

張勝は、 「二哥かな。そうだ、折角だから少し飲んで帰ろう。ちょうどよかった」 と、手代について店の二階に上がった。小さな座敷の前で手代が、 「ここでお待ちです」 と言うので暖簾(のれん)をあげて中をのぞくと、女が一人坐っていた。着物は乱れ、髪…

真面目な番頭さん(六)

母親の許可をもらって、張勝は幼なじみの王二哥(おうじか)と灯籠見物に出かけた。端門(たんもん)に着くと、ちょうど帝からの御酒が下され、お金がまかれているところへぶつかり、大勢の人でごった返していた。その人出を見て王二哥が言った。 「すごい人…

真面目な番頭さん(五)

翌朝早く張勝は店を開けていつも通りに仕事をはじめ、李慶が来ると引き継ぎをすませて帰宅した。 張勝は帰宅すると、夕べ受け取った着物と銀塊を母親に見せた。母親がびっくりして、 「一体どうしたんだい? こんな高価な物を」 ときくので、張勝は昨日の一…

真面目な番頭さん(四)

女はまず李慶に声を掛けた。 「旦那様のお宅に来て何年になるの?」 李慶が答えた。 「かれこれ三十年余りになります」 「旦那様はよくしてくれているかしら?」 「飲むものから食べるものまで、すべて旦那様に面倒を見ていただいております」 女は今度は張…

真面目な番頭さん(三)

女の方は王招宣の寵愛を失ってからというもの、いるにいたたまれず、早くよそへ嫁にやってくれないものかと心待ちにしていた。ただ、色々話が持ち込まれても王招宣が体面を重んじて中々うんと言わない。それ相応の家でなければ嫁に出さないつもりなのである…

真面目な番頭さん(二)

李媒は続けた。 「実はさ、あたしんとこにおあつらえ向きの話が一つあってね。美人な上に家柄もよしってのがさ。さもなきゃ、こんなべらぼうな話、受けるわけないじゃない」 「誰さ」 「ほら、あんたも知ってるでしょ、王招宣(おうしょうせん、招宣は高級武…

真面目な番頭さん(一)

東京開封府(とうけいかいほうふ、河南省)に張員外(だんな)という人がいた。この御仁、年はとっくに六十を越しているのだが、女房に先立たれた上に子供がなかった。経営する糸屋は番頭を二人も置くほど手広いもので、蔵には巨万の富がうなっていた。 さて…