真面目な番頭さん(一)

東京開封府(とうけいかいほうふ、河南省)に張員外(だんな)という人がいた。この御仁、年はとっくに六十を越しているのだが、女房に先立たれた上に子供がなかった。経営する糸屋は番頭を二人も置くほど手広いもので、蔵には巨万の富がうなっていた。


さて、この張員外、ある日二人の番頭を前にして大きくため息をついて言った。


「ああ、この年にもなって息子もいなければ娘もいない。これではどんなに金があっても使い道がないわい」


すると、番頭は声を揃えて、


「旦那様、なぜお妾さんをお置きにならないのです。そうすればお子さんの一人ぐらいすぐできますよ。お血筋も絶えないですむではありませんか」


それを聞いた張員外、なるほど、と思って早速媒婆(なこうどばばあ)を呼びにやった。やって来たのは張と李の二人の媒婆である。この二人の口にかかったら、織女といえども恋の病に身を焦がし、嫦娥(じょうが)でさえも月の宮居を出奔して下界に降りてくる、と言われるほどの敏腕媒婆である。


張員外は開口一番こう言った。


「わしには子がないのでな、お二人に嫁取りの労をとっていただきたいのじゃが」


二人の媒婆は呆気に取られてしまった。なぜなら、目の前にいるのは髪の白くなった爺さんである。それが嫁を取りたいと言うのだから呆気に取られるのも当然であった。張媒の方は内心、


(ちょいと、この爺さん何をとち狂ってるのさ。この年になって嫁だって? 何て答えたものかねえ)


気がつくと、李媒がこちらに目配せをしながらひじでつついてきた。そこで、張媒は、


「お安い御用です」


と答えた。何だか吹き出しそうなので、早々に辞去することにした。二人が出て行こうとすると張員外が呼び止めた。


「三つだけ条件があるのじゃが」


そういえば条件を聞くのを忘れてたわい、と二人の媒婆は引き返した。


「旦那様のご意向を伺うのを忘れておりました」


張員外は言った。


「たいした条件ではないのじゃがな。まず一つ、器量のよいことじゃ。二つ目に家柄が釣り合うこと。三つ目はわしの家には十万貫の財産があるのじゃが、やはり嫁御にも相応の支度をしてきてほしいのじゃ」


この条件を聞いて媒婆はますます吹き出しそうになった。しかし、表面上はもっともらしい顔をして、


「お安いことですよ」


と答えて辞去した。


その帰り道、張媒が李媒に向かって言った。


「ああ、おかしかった。大した条件じゃないんだってさ、あれで。なに考えてるんだろうね、まったくさ。そりゃ、この縁談をまとめりゃ何十貫、何百貫儲かるんだろうけどさ、旦那の言ってることは無茶苦茶じゃない? 三拍子揃った女が何ですき好んであんな爺さんのところに来るかい。鏡でも見ろってんだ。そう思わないかい?」


李媒の方はにやにやしながら張媒の言葉を聞いていたが、やがて、


「ふふふッ、そう思うでしょ? ところがね、世の中とんでもないところにとんでもない話が転がってるのよ」


 と言い出した。



(つづく)



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