2009-10-01から1ヶ月間の記事一覧

阿里瑪

清朝を開いた満洲族がまだ山海関の向こうにいた時の話である。 阿里瑪(アリマ)という猛将がいた。凄まじい怪力の持ち主で、盛京(せいけい、遼寧省瀋陽)の實勝寺で境内に置かれた石の獅子を軽々と持ち上げたという逸話の持ち主でもあった。この石の獅子は…

毛鬼

唐の建中二年(781)、江淮(こうわい)地方に奇妙なうわさが流れた。 湖南から[厂+萬]鬼(れいき)が来るというのである。毛鬼(もうき)だと言う者もあれば、毛人(もうじん)だと言う者、[木長](とう)だと言う者もいた。さまざまな呼び方があるの…

秘密

この不思議な話は順治(1644〜1661)初めのことであると聞いている。 某という人がいた。名前は忘れた。この某は妻と前後して亡くなり、その後、三、四年して、今度は妾が亡くなった。 それから間もなくして、某の家の使用人が夜出かけた。その帰り道、雨に…

元の至元(しげん)二十年(1283)に姚忠粛公(ようちゅうしゅくこう)が遼東の按察使(あんさつし)となった時のことである。 武平県の劉義という者が、兄嫁が情夫と共謀して兄の劉成を殺した、と訴え出た。県令の丁欽(ていきん)が調べにあたったのだが、…

迦湿彌羅(カシミ−ル)王が一羽の鸞を買った。鳴き声を聞こうと思ったが、まったく鳴かない。そこで、金の籠に金の鎖でつなぎ、贅沢な餌を与え、その心をほぐして鳴かせようと試みた。しかし、一向に鳴く気配のないまま三年が過ぎた。 ある日、夫人が王に言…

父の訴状

広陵(こうりょう、江蘇省)に欧陽(おうよう)なにがしという下役人がいた。家族とともに決定寺の向かいに住んでいた。その妻は幼い頃に戦乱に遭い、両親と生き別れになっていた。 ある日、一人の老人が欧陽家を訪ねてきた。老人は自ら、 「この家の主の妻…

座像

廬山(ろざん、江西省)山中に落星潭(らくせいたん)という淵がある。この淵は水が深く淀んで魚がよく捕れ、近隣の者にとって恰好の釣り場だった。 五代十国の呉の太和年間(929〜934)のことである。一人の釣り人がここで釣り糸を垂らしていた。突然、ぐい…

薛度の妻

紹興年間(1131〜1162)はじめのことである。キ路提刑司検法官の薛度(せつど)は恭州(四川省)で勤務していた。妻が病にかかり、医者の劉太初(りゅうたいしょ)に治療を頼んだ。しかし、治療の甲斐なく、妻は死んだ。 しばらくして、妻は目を開けて医者の…

子供の頃、犬を飼っていた。進宝と名付けていつも側においていた。塾に通うようになってからも進宝を連れて通った。 ある日、進宝を机の上に坐らせたまま勉強していると、進宝はじっと本をのぞき込み、私の読む声に耳を傾けているように見えた。時折、うなず…

ふぐ

ふぐは体に虎のような斑(ぶち)がある。世間では生煮えを食べると必ず死ぬ、と言われている。 饒州(じょうしゅう、江西省)の呉生の家は裕福で、妻の実家も裕福であった。夫婦仲は睦まじく、喧嘩をしたことは一度もなかった。 ある日、呉生は酔っ払って帰…

震える手

蒋(しょう)太守が直隷(ちょくれい)の安州(河北省)で一人の老人と出会った。老人は常に両手を震わせており、その様は鈴を振る仕種に似ていた。初めは中風なのかと思ったが、その物言いははっきりしている。不思議に思った蒋太守は老人に手の震える理由…

柳子華

唐の頃、柳子華(りゅうしか)という人がいた。柳子華は城都(じょうと)県(山東省)の知事となった。 ある日の正午、突然、牛車が役所を訪れた。前後を騎馬姿も凛々しい美女が守っており、どこから来たのかはわからなかった。美女の一人が柳子華の前に進み…

扶風の石

波斯(ペルシア)の胡人が扶風(ふふう、陜西省)を訪れた。胡人は一軒の旅籠の前を通りかかった時、その門の外にある四角い石に目を止めた。 そのまま立ちつくすこと数日、じっと石に目を注いだまま立ち去ろうとしない。不審に思った旅籠の主人がそのわけを…

東晋の隆安(りゅうあん)年間(397〜401)のことである。曲阿(きょくあ、江蘇省)の謝盛(しゃせい)が湖に舟を浮かべて、菱の実を採っていると、一匹の蛟(みずち)がこちらに向かって泳いで来るのが見えた。 謝盛は舟を操って逃げようとしたが、間に合わ…

紅い酒

北魏の孝昌(こうしょう)年間(525〜527)のことである。 虎賁(こほん、皇帝の護衛兵)に洛子淵(らくしえん)という者がいた。経歴は詳らかではないが、本人の言によると洛陽出身とのことであった。 この頃、子淵は彭城(ほうじょう、江蘇省徐州)に派遣…

狐に傭われた男

山東の[艸+呂](キョ)州東南に屋楼(おくろう)という山がある。その西北には択要(たくよう)という山があり、どちらの山にも狐がたくさん棲んでいた。 ここに棲む狐のある者は人に化けて町へ食料を買いに行くこともあったが、麓の住人はこういうことに…

京師(首都のこと。北宋の首都は開封)に一軒の酒屋があった。 いつも蝿が酒の匂いにつられて飛んで来ては樽に落ちて溺れた。この酒屋の杜氏(とうじ、酒造りの職人)はもともと信心深かったので、蝿を見つけた時は必ず救い上げ、灰で体を乾かしてから逃がし…

神筆

魯(山東省)に廉広(れんこう)という人がいた。泰山(たいざん)に薬草を採りに入って風雨に遭い、大木の下で雨宿りをした。雨は夜半になってようやく止み、足の向くままに歩き出したところ不思議な人と出会った。俗世を離れた隠士のようであった。 「夜中…

歌う女

江巌(こうがん)という人がいた。いつも呉(江蘇省南部から浙江省北部)に薬草を採りに行っていた。 その江巌が富春県(浙江省)の清泉山の南に薬草を採りに行った時のことである。 薬草を求めて山道を歩いていると、どこからか歌声が聞こえてきた。言葉は…

禍をよぶ画眉

明の天順年間(1457〜1464)のことである。 杭州(こうしゅう、浙江省)に住む沈(しん)なにがしは一羽の画眉(がび、ほおじろのこと)を飼っていた。 この画眉はたいそう声が美しく、幾度も鳴き比べで勝利をおさめていた。安徽(あんき)から来た商人がこ…

晋の頃、信安(浙江省)に鄭徽(ていき)という人がいた。若かりし日に橋の上で一人の老人と出会った。老人は鄭徽に巾着を示して言った。 「これはお前の命だよ。くれぐれも失くさないようにな。中身が壊れたら、それは良くない徴(きざし)だよ」 老人は鄭…

昼寝の夢

後魏の僕射(ぼくや)、爾朱世隆(じしゅせいりゅう)が昼寝をしていると、妻の奚(けい)氏が、誰かが世隆の首を持ち去るのを見た。急いで世隆のもとへ駆けつけたところ、何の異常もなくぐっすり寝ていた。 しばらくして、世隆は目覚めて妻にこう言った。 …

提督の秘密

清の同治初年(1862)のことである。 安徽(あんき)の書生朱某は科挙に向けて勉強していたのだが、二十歳を過ぎても志を得られないでいた。 理想に燃えていた分、その落胆は大きくなるものである。朱は敗北感を払拭するかのように勉学を放棄すると、軍に身…

墨跡

唐の封望卿(ほうぼうけい)は僕射(ぼくや)の封敖(ほうごう)の子であった。杜ソウが鳳翔(ほうしょう)節度使になると、望卿を判官(はんがん)として招いた。 望卿の居室の壁には筆から散った墨の跡が点々とついていた。ある日、望卿はこの墨の跡を目に…

変鬼

南京の華厳寺(けごんじ)の僧侶月堂(げつどう)は、かつて喜捨(きしゃ)を求めて貴州に足を踏み入れたことがあった。その時、土地の人間から不思議な話を聞いた。 この地には「変鬼法」という不思議な術を操る能力者がいるそうである。男にも女にもいて、…

羹売りの李吉

范寅賓(はんいんひん)が長沙(ちょうさ、湖南省)での任期を終えて臨安(りんあん、杭州)に戻ってきた時のことである。 ある日、知人に昇陽楼(しょうようろう)という酒楼に招かれた。范達の座敷に何人かの売り子が料理を売りに来たのだが、その中に鶏の…

黒い箱

呂叔[火召](りょしゅくしょう)が太平県(安徽省)の知事をしていた時のことである。 同僚の王県尉が喪に服するため、帰郷することとなった。出発に際して、王県尉は呂叔[火召]に荷物を預けていった。その中に黒い箱があった。 王県尉は、 「この黒い箱…

蘭陵坊の道士

昔々のことである。書簡を託された使者が蘭陵坊の西門を出たところで、一人の道士に出会った。 道士は身の丈二丈(当時の一丈は約3.1メートル)あまりで、黒いひげを垂らし、高い帽子をかぶっていた。 道士は従者を二人連れていた。どちらも黒い裙子(スカー…

八毒丸

李子豫(りしよ)は若い時から名医としての誉れが高かった。当時、その処方する薬で治らぬ病はないとまで言われていた。 豫州(河南省)刺史の許永の弟が奇病を患い、この十余年というもの原因不明の腹痛に苦しんでいた。どの医者に見せても一向に良くなる気…

楡の莢

柳積(りゅうせき)は貧しい暮らしの中、苦学していた。夜は木の葉を燃やして灯りの代わりとした。 ある夜、いつものように木の葉を燃やしながら勉強していると、窓の外から自分を呼ぶ声が聞こえた。 外に出てみると、五、六人が重そうな袋を背負って立って…