狐に傭われた男

山東の[艸+呂](キョ)州東南に屋楼(おくろう)という山がある。その西北には択要(たくよう)という山があり、どちらの山にも狐がたくさん棲んでいた。


ここに棲む狐のある者は人に化けて町へ食料を買いに行くこともあったが、麓の住人はこういうことにはすっかり慣れていたのでとりたてて怪しむことはなかった。夜になると二つの山の間の道を照らす灯りが見え、狐達が行き来しているようであった。


ある夏の日、農家の倅(せがれ)が道端で草刈りをしていると、南から二頭の黒い驢馬の牽く車が通りかかった。


車には二人の麗人が乗っていた。年かさの方は二十歳ばかり、年下の方は十五、六ほどで、どちらも艶やかに装い、まるで天女のように美しかった。侍女はおらず、下僕が車の端に乗っていた。どうやら、親戚を訪ねる富豪の令嬢のように思われた。


倅がぼんやりとながめているうちに車は近づき、やがてその前で止まった。下僕が声をかけてきた。


「どこそこへ行きたいのだが、道案内をしてくれないか。駄賃として八百文を払ってやるぞ」


行き先は近くで、半日もあれば行って帰れるところであった。しかも、草刈りの十倍もの駄賃をくれるというので、倅はすぐに請け合った。


前に立って案内をしたのだが、車は非常に早く、あっという間に置いていかれた。倅が懸命に走っても、追いつくことができないほどであった。すると、麗人が車に乗るよう命じた。


倅は自分のむさ苦しい姿が恥ずかしくて、車の中で縮こまっていた。もとより大胆なことなど考えていなかったが、麗人の着物から漂う芳しい香りをかぐうちに、骨までとろけるようで、途中、どこを通ったのか、何も覚られなかった。


夕暮れに、車はある村に着いた。立派な楼閣が連なり、南向きに門が開いていた。門では侍女が待っており、その合図で置くから大勢の女達が出てきた。いずれも美女ぞろいで、まるで花が咲き乱れるようであった。


「まあ、お久しぶり」


「いつあちらをお発ちになったの?」


口々に挨拶を交わしながら、麗人達を車から助け下ろした。倅も車から降りてぼんやり突っ立っていると、それに気づいた女の一人がたずねた。


「あれは?」


「道案内に傭いましたのよ」


すると、老女が言った


「今から帰るのは無理だから、一晩泊まって、明日の朝早くに帰ればいいでしょう」


そして、肉入りの餃子を一皿ふるまわれ、駄賃の八百文をもらった。倅は肉入りの餃子などめったに口にすることができないので、大喜びで腹いっぱい食べ、銭を懐にしまって寝た。


倅は誰かに呼ばれたような気がして目を覚ました。すでに日は高く昇っていた。


「屋根がない」


そう思って辺りを見回すと、崖っぷちに突き出た岩の上に寝ていることに気づいた。寝返りを打てば、そのまま絶壁を落ちて粉みじんに砕けて死ぬようなところであった。


倅はおっかなびっくり、蔦にすがってそろそろと戻った。通りがかりの老人に、村まで連れて帰ってもらった。茶を飲んだところ、腹が張って吐きそうになった。


吐き出したのは、無数の蝦蟇(がまがえる)であった。まだ生きて動いているものもあった。老人が言った。


「食ったのが麺じゃなくてよかったのう。麺は蚯蚓(みみず)の類だそうじゃて」


懐には銭が四百文残っていたのだが、よく見てみると、それは昨日、草を売って得た銭であった。


倅は呆然とした。


その後、寝込み、数か月経って、ようやく癒えた。



(清『見聞随筆』)