薛度の妻
紹興年間(1131〜1162)はじめのことである。キ路提刑司検法官の薛度(せつど)は恭州(四川省)で勤務していた。妻が病にかかり、医者の劉太初(りゅうたいしょ)に治療を頼んだ。しかし、治療の甲斐なく、妻は死んだ。
しばらくして、妻は目を開けて医者の名前と出身地を細かにたずねた。そして、妻は再び目を閉じた。今度こそ、本当に死んだのであった。
ある日、緋色(ひいろ)の衣を着て頭からすっぽり布をかぶった女が、劉太初を訪ねてきた。
「治療をしていただきたいのです」
家人が、主人は不在であることを告げると、女は勝手に客間へ進み、椅子に腰を下ろした。そのまま女は身動き一つせず、劉太初の帰りを待ち続けた。
不審に思った家人が女がかぶった布をめくると、女は一体の髑髏(どくろ)と化していた。その髑髏も驚き慌てているうちに、見えなくなった。
以来、劉太初はの医者としての腕前は衰え、誤診を繰り返すようになった。
やがて、その家も没落した。
この時、薛度は潭州(湖南省)衡山(こうざん)県の知事となっていた。この話を聞くと、泣きながら、
「それは私の妻だ」
と言ったという。
(宋『夷堅志』)
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