盧忻の前世

代州[山享](かく)県(山西省)の盧氏に忻(きん)という息子がいた。三歳でもう話すことができ、母親に向かって前世のことを話した。 忻は前世では回北村の趙氏の息子であった。十九歳の時、山で牛を放牧していたところ、折しも秋雨で濡れていた草に足を…

夫婦愛

北宋の劉廷式(りゅうていしき)はもとは百姓であった。若い頃、隣家に住む貧しい老人の娘と婚約した。 数年後、刻苦勉励の末、廷式は見事科挙に合格した。郷里に戻り、隣家の老人を訪ねたところ、すでに老人は亡くなっていた。残された娘も病気のために両目…

葉薦の妻

台州(浙江省)の司法、葉薦(しょうせん)の妻は嫉妬深く、残忍な性格をしていた。小間使いや下女に少しでも器量のよい者があれば、必ずむち打って痛めつけた。時には死に至らしめることもあったが、葉には止めることができなかった。 夫婦には子供がなく、…

晏家の乳母

晏元献(あんげんけん)の家に燕(えん)氏という年老いた乳母がいた。晏家に仕えて数十年になり、家族から丁重に扱われていた。 燕氏が死んだ後も晏家では季節ごとにその霊を祀っていた。ある時、燕氏が家族の夢に現われてこう言った。 「皆様のおかげで、…

二人の妾

靖康二年(1127)の春、都は陥落し、連日、金軍の略奪と暴行にさらされた。多くの軍民や官吏、皇族や妓女、役者が連行された。 ある朝、朝廷に仕える官吏の王なにがしの邸の門前に二人の女が坐り込んでいた。使用人が門を開けると、女達は中に駆け込み、王の…

海井

華亭県(現在の上海付近)の市中に小さな雑貨屋があった。雑貨といっても役に立つのかどうかわからないような小物を並べているだけである。そこに、ある時、小さな品が並んだ。 一見すると底のない小さな桶のよう。材質は竹でもなければ木でもなく、金でもな…

浦城(ほじょう、福建省)と永豊(えいほう、江西省)の県境の街道沿いに一軒の旅籠があった。厳州(浙江省)の商人が絹糸の荷をたずさえて、この旅籠に数日の間泊まった。旅籠の主人の妻は色好みで、商人を誘って関係を結んだ。 妻は夫に言った。 「あの客…

王季徳の棺

王季徳(おうきとく)は平江(へいこう)府(江蘇省)に赴任して一か月で死去した。部下達が金を出し合って棺を用意した。いざ納棺しようとすると、突然、死体がふくれ上がって納めることができなくなった。 この怪異な現象に皆が首をひねっていると、王季徳…

貧士の予言

王衍(おうえん)は二十歳の時、受験のため明州(浙江省)から上京した。 合格発表の前日、金のない王衍は遊びに行くこともできず、一人、旅籠(はたご)に残っていた。そこへ、どこからか貧しそうな身なりの士人がやって来てていねいにお辞儀をした。てっき…

長寿村

嶺南(れいなん、現在の広東・広西地方)は辺鄙(へんぴ)な土地柄で風俗も田舎じみている。中でも博白(はくはく、現在の広西壮族自治区東部)の田舎ぶりはすさまじいものであるが、その分、風俗には純朴さと古風なところが多く残っている。また、非常に長…

銀器職人の童

楽平(がくへい、江西省)桐林(とうりん)市の銀器職人の童は、徳興(とくこう)の張舎人(ちょうしゃじん)の家で銀器を作っていた。 毎晩、童が仕事をしていると、決まって二十歳あまりの美しい女がが酒肴を携えてやって来た。女は童と一緒に酒を飲み、飲…

金君卿

荊南(けいなん、湖北省)の某太守に娘がいた。十八歳の時に縁談がまとまり、吉日を選んで輿入れする運びとなった。 ある晩、娘は夢でこう告げられた。 「これは汝の夫にあらず。汝の夫は金君卿(きんくんけい)なり」 娘は目を覚ましてからもこのことは誰に…

非凡な死

岳飛(がくひ)が非業(ひごう)の死を遂げた後、その部下は離散した。優れた人材が揃っていたのだが、金との和議がなった以上、もう必要なくなってしまったのである。 何宗元(かそうげん)もそうした武将の一人であった。彼は数多の戦功を立て修武郎(しゅ…

白老

侍御史(じぎょし)の盧樞(ろすう)がしてくれた話である。 親戚に建州刺史となった人がいた。ある夜、あまりの暑さに寝つかれず、庭に下りて月でも眺めることにした。寝室を出たところで、西の階の下から人の笑い声が聞こえてきた。 そっと忍び足で近づい…

剣仙

宋の煕寧(きねい)年間(1068〜1077)のことである。 太廟(たいびょう、歴代天子の霊を祭る廟)の神官に姜適(きょうせき)という人がいた。山東の人で、枢密(すうみつ)の姜遵(きょうじゅん)の孫であった。 この姜適が都の開封(かいほう、河南省)で…

白石

臨川(りんせん、江西省)の岑(しん)氏が遊山に出かけた時、谷川で二つの白い石を見つけた。大きさは蓮の実くらいで、互いに追いかけ合うように水の中を転がり回っていた。不思議に思った岑氏は石を拾い上げて持ち帰ると、小箱に納めた。 その夜、夢に二人…

逃げる女

宋の紹興(しょうこう)年間(1131〜1162)はじめのことである。陳監倉(ちんかんそう)という人が北から家族を連れて逃れてきて、邵武軍(しょうぶぐん、福建省)に居を定めた。陳監倉には陳淑(ちんしゅく)という年頃の娘がおり、艶麗な上にたいそう聡明…

おっとり

ある文雅な男がいた。性格はいたっておっとりしており、物言いや挙措には少しも焦ったところがなかった。 厳冬のある日、友人とともに炉を囲んで話していると、突然、ものの焦げる匂いがする。見れば、友人の着物の裾に炉の火が燃え移っている。そこで、穏や…

史家塘

餘干(よかん、江西省)の北の街道沿いの史家塘(しかとう)というため池があった。深い緑色の水をたたえ、道行く人はしばしば足を止めて憩(いこ)い、その眺めを楽しんだ。ある暑い夏の日のことであった。役人が妻妾を連れて史家塘を通りかかり、池のほと…

河の幽鬼

河のほとりにはよく幽鬼が出る。しばしば通りかかる人の名を呼ぶのだが、うっかり返事をすると溺れ死んでしまう。幽鬼が河に引きずり込むのだという。 李戴仁(りたいじん)という人が枝江県(湖南省)の入江に船を舫(もや)っていた。月が晧々と照る明るい…

化成寺

宋の紹興二十四年(1154)六月、江州(こうしゅう、江西省)彭沢(ほうたく)県の沈持要(しんじよう)が臨江(りんこう、江西省)へ出張する途中、湖口(ここう)県(江西省)から六十里(当時の一里は約550メートル)離れたところにある化成寺(かせいじ)…

真面目な番頭さん(九)

張員外の説明によると、元旦に女が簾の奥から外をながめているところへ、王招宣の屋敷の童僕が年始の贈り物を届けに来た。女が、 「お屋敷では変わったことはない?」 ときくと、童僕はこう答えた。 「特に何もありません。そう言えば、先日、招宣様の百八粒…

真面目な番頭さん(八)

張勝は女を向かいの家に預けると、母親に話しにいった。 「おや、お帰り。ずいぶん、遅かったね。二哥(じか)は? 一緒だったんだろうね」 「それが、実は……」 と、張勝は張員外の店が閉門になったことや、妾に出くわしたことを逐一話して聞かせた。話を聞…

真面目な番頭さん(七)

張勝は、 「二哥かな。そうだ、折角だから少し飲んで帰ろう。ちょうどよかった」 と、手代について店の二階に上がった。小さな座敷の前で手代が、 「ここでお待ちです」 と言うので暖簾(のれん)をあげて中をのぞくと、女が一人坐っていた。着物は乱れ、髪…

真面目な番頭さん(六)

母親の許可をもらって、張勝は幼なじみの王二哥(おうじか)と灯籠見物に出かけた。端門(たんもん)に着くと、ちょうど帝からの御酒が下され、お金がまかれているところへぶつかり、大勢の人でごった返していた。その人出を見て王二哥が言った。 「すごい人…

真面目な番頭さん(五)

翌朝早く張勝は店を開けていつも通りに仕事をはじめ、李慶が来ると引き継ぎをすませて帰宅した。 張勝は帰宅すると、夕べ受け取った着物と銀塊を母親に見せた。母親がびっくりして、 「一体どうしたんだい? こんな高価な物を」 ときくので、張勝は昨日の一…

真面目な番頭さん(四)

女はまず李慶に声を掛けた。 「旦那様のお宅に来て何年になるの?」 李慶が答えた。 「かれこれ三十年余りになります」 「旦那様はよくしてくれているかしら?」 「飲むものから食べるものまで、すべて旦那様に面倒を見ていただいております」 女は今度は張…

真面目な番頭さん(三)

女の方は王招宣の寵愛を失ってからというもの、いるにいたたまれず、早くよそへ嫁にやってくれないものかと心待ちにしていた。ただ、色々話が持ち込まれても王招宣が体面を重んじて中々うんと言わない。それ相応の家でなければ嫁に出さないつもりなのである…

真面目な番頭さん(二)

李媒は続けた。 「実はさ、あたしんとこにおあつらえ向きの話が一つあってね。美人な上に家柄もよしってのがさ。さもなきゃ、こんなべらぼうな話、受けるわけないじゃない」 「誰さ」 「ほら、あんたも知ってるでしょ、王招宣(おうしょうせん、招宣は高級武…

真面目な番頭さん(一)

東京開封府(とうけいかいほうふ、河南省)に張員外(だんな)という人がいた。この御仁、年はとっくに六十を越しているのだが、女房に先立たれた上に子供がなかった。経営する糸屋は番頭を二人も置くほど手広いもので、蔵には巨万の富がうなっていた。 さて…