真面目な番頭さん(九)

張員外の説明によると、元旦に女が簾の奥から外をながめているところへ、王招宣の屋敷の童僕が年始の贈り物を届けに来た。女が、


「お屋敷では変わったことはない?」


ときくと、童僕はこう答えた。


「特に何もありません。そう言えば、先日、招宣様の百八粒の舶来真珠の数珠がなくなって大騒ぎになりました。みんな巻き添えを食らって、おとがめを被りましたよ」


その答えを聞くと女は真っ青になってがたがた震え出した。童僕はそのまま帰っていったのだが、しばらくすると、二、三十人の役人が張員外の家に押しかけてきて、女の嫁入り道具と張員外の家財を一切合切持ち去ってしまった。その騒ぎの最中、女は自室で首を吊って死んでしまった。


その後、張員外は左軍巡院に連行されて、舶来真珠の数珠の行方について取り調べを受けた。しかし、張員外はそんな物見たこともなければ聞いたこともない。そう答えるとしこたま棒で打たれ、獄に繋がれた。結局、事情を知っているはずの女が自殺してしまったので、お上としても処置に困って張員外におとがめあり、と言うことに落着したのであった。数珠の行方はいまだにわからないとのことであった。


「……若い妾をもらったばかりに散々な目に遭うたわ」


そう言って張員外は肩を落とした。張勝は、


(奥様はうちにいるし、数珠もうちにある。おまけに幾つか売ってしまったのだが、一体どうなってるんだろう?)


と内心いぶかしく思いながら、張員外に酒や食事を勧めて、その場は別れた。


張勝は不安な思いに駆られて帰路を急いだ。家に飛び込むと女が張勝の帰宅を待っていた。張勝は後ずさりしながら叫んだ。


「奥様、命だけはお助けを!」


女がびっくりした様子で、


「どうしたの?」


ときくので、先程、張員外から聞いた話を一言一句違えずに話して聞かせた。女は笑って、


「おかしいじゃないの。ご覧なさいな、私の着ている着物には縫い目がちゃんとあるわよ。確か、幽鬼の着物には縫い目がないんでしょ?声だって大きくなるわよ。あなただって知ってるでしょ?張の爺さんはね、あなたが私を追い出すようにわざとそんなことを言ってるのよ」


と言った。張勝も女の様子を見て、


「そうかもなあ」


と、納得せざるをえなかった。


数日後、張勝を尋ねてきた人物があった。張員外であった。張勝は、


(旦那様に奥様と顔を合わせてもらえば、人か幽鬼かはっきりするな)


と考えて女を呼びに小間使いを奥にやった。女が出てくるのを待つ間、張勝はこれまでの経緯を張員外に説明した。話を聞いた張員外は、


「ならば、数珠もここにあるということかの?」


ときいてきたので、張勝が、


「はい、もちろん……」


と答えている折も折、小間使いが出てきて、

「奥様がいらっしゃいません」


と言った。張勝が女の部屋に入ると、そこはもぬけの殻だった。しかし、つい先程まで人がいた気配は残っていた。数珠は、と探せばちゃんと部屋にあった。


張員外は張勝と共に王招宣の屋敷に出向いて、事情を説明して数珠を返した。張勝が売ってしまった分は先で弁償することになった。事情を聞いた王招宣は張員外の冤罪に免じて代わりに罰金を納めてくれ、没収した家財も全て返してくれた。おかげで、張員外は再び糸屋を開業することができることとなった。


女は二度と張勝の前に姿を現さなかった。張員外は天慶観の道士に自殺した妾の追善供養を頼んだ。女は張勝にいたく執心していたので、死後もつきまとったのだが、張勝の操正しい行いの前に何一つ害をなすことができなかったのある。妾の一生を思えば哀れでもあり、張勝、張員外ともに深くその冥福を祈った。 



(宋『京本通俗小説』)