化成寺

宋の紹興二十四年(1154)六月、江州(こうしゅう、江西省)彭沢(ほうたく)県の沈持要(しんじよう)が臨江(りんこう、江西省)へ出張する途中、湖口(ここう)県(江西省)から六十里(当時の一里は約550メートル)離れたところにある化成寺(かせいじ)に泊まった。その晩、寺の住職から不思議な話を聞いた。


昨年のことであるが、旅人が本堂の隣の部屋に泊まった。その部屋には以前から棺が安置してあった。


夜中に旅人は棺の中から光がもれ出ていることに気づいた。旅人が起きてじっと見つめていると、光の中で人影が動いた。こわくなった旅人は隣の本堂に逃げるつもりで、寝台の帳をかかげると、首を伸ばして様子をうかがった。すると、棺の中の人影もふたを押し上げると、首を伸ばして辺りを見回した。旅人が寝台から片足を下ろすと、人影も棺の中から片足を出した。旅人があわてて足を引っ込めると、人影も足を引っ込めた。旅人がまたそっと片足を下ろすと、人影も片足を下ろした。


このようなことを何度か繰り返すうちに、旅人は恐ろしさに耐えられず、寝台から飛び降りて外へ走り出た。すると、人影も棺から起き上がって追いかけてきた。旅人は本堂に駆け込むと、走り回りながら助けを求めて叫んだ。人影はなおも後を追ってきた。


旅人は恐怖と疲れから、だんだん足が動かなくなり、ついに力尽きて、柱の下に坐り込んだ。そこへ人影が飛びかかってきた。その途端、旅人は気を失って倒れた。旅人は遠のく意識の中で、ガチャン、と何か砕けるような音を聞いた。後はもう何も覚えていなかった。


旅人の助けを求める悲鳴を聞いて、僧侶達が本堂に駆けつけると、柱の下で旅人が気を失って倒れていた。そのそばにはばらばらに砕けた骸骨が散らばっていた。


その後、棺を引き取りに来た家族が遺骨が砕けていることを知ると、寺の者が棺を暴いたのだろう、と言い立てて訴訟を起こした。数か月かかって、ようやく解決した。



(宋『夷堅志』)