戴十の妻
戴十(たいじゅう)はどこの人かはわからない。乱の後、洛陽(らくよう、河南省)の東南にある左家荘(さかそう)に移り住み、雇い仕事をして暮らしていた。
癸卯の年(1243)の八月、一人の通事が戴十の管理する豆畑に馬を入れた。戴十がそれを追い払うと、通事は激怒して馬の鞭で散々に打ちすえて、殺してしまった。
妻の梁氏は子供を二人連れて、戴十の遺骸を役所に担ぎ込み、くだんの通事を殺人の罪で訴えた。通事はさる貴人の家の用人で、主人は牛二頭と銀塊でその罪を償おうとした。
「その方の夫の死は天命だ。子供は二人ともまだ幼いではないか。これだけあれば、子供を養うには十分なはずだ。仇を殺したところで、死んだ者は帰らぬぞ」
梁氏は言った。
「私の夫は何も悪いことをしていないのに殺されました。夫の死と引き換えに、どうして利益など得られましょうか。あの男の命で夫の死を償えるのなら、私達母子は乞食になってもかまいません」
居合わせた人々も梁氏に訴えを取り下げるよう勧めたが、梁氏の気持ちを動かすことはできなかった。そこで、
「そこまで言うのなら、自分であの男を殺せるか?」
と言うと、梁氏は落ち着き払った様子で答えた。
「どうしてできないはずがありましょうか」
梁氏は刀を手にして通事に歩み寄った。そして、一思いには殺さず、何度も何度も突き刺した。通事が死ぬと、梁氏はその血をすくって飲んだ。
すべて終わると、梁氏は二人の子供を連れて立ち去った。
(金『続夷堅志』)
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