晏家の乳母

晏元献(あんげんけん)の家に燕(えん)氏という年老いた乳母がいた。晏家に仕えて数十年になり、家族から丁重に扱われていた。


燕氏が死んだ後も晏家では季節ごとにその霊を祀っていた。ある時、燕氏が家族の夢に現われてこう言った。


「皆様のおかげで、こちらで楽しくやっております。ただ、この婆めの世話をしてくれる者がおりませず、不便でなりません」


そこで、二人の女の画を描いて焼いた。すると、燕氏が再び夢に現われた。


「このたびは結構な賜わりものをいただき、感謝しております。しかし、あの者達はあまりにも弱々しくて、何の役にも立ちません」


そこで、今度は厚紙を芯に入れた紙に美しい下女を二人描いて焼いた。燕氏がまたもや夢に現われて、


「今度の下女はよく働き、気も利きます。これでこちらの暮らしもさびしくなくなりました」

 と、礼を述べた。


翌年の清明節(せいめいせつ)に一家で燕氏の墓参りをした。その夜、燕氏が家族の夢に現われて訴えた。


「この前いただいた下女は、この婆を見捨てて逃げてしまいました」


「一体どういうことだ?」


「こんなこと本当は申し上げたくなかったのですが、あの者どもは年が若くて浮ついているので、燕三(えんさん)にたぶらかされたのです」


燕三とは燕氏の甥で、女の尻ばかり追い回している遊び人であった。


「燕三はまだ死んでいないだろう? お前のところの下女に手を出せるはずがない」


「それがこちらに来ておるのでございますよ」


「よし、わかった。すぐに別の下女をやるからな」

翌日、家族はこの話をしておおいに笑い合った。燕三の消息をたずねると、すでに死んでいることがわかった。


そこで、今度は年老いた下女を二人描いて焼いた。燕氏は家族の夢に現われて、厚く礼を述べた。



(宋『夷堅志』)



游仙枕―中国昔話大集 (アルファポリス文庫)

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