盧忻の前世
代州[山享](かく)県(山西省)の盧氏に忻(きん)という息子がいた。三歳でもう話すことができ、母親に向かって前世のことを話した。
忻は前世では回北村の趙氏の息子であった。十九歳の時、山で牛を放牧していたところ、折しも秋雨で濡れていた草に足を滑らせて崖から落ちてしまった。何とか立ち上がると、傍らに人が倒れている。自分と同じように牛の放牧に来て崖から落ちた人かと思い、大声で呼びかけたのだが、返事がない。よくよく見てみれば、それは自分自身であった。
一刻も早く自分の体に戻らねば、と思った。しかし、その方法が見つからない。このまま自分の体を捨て置くわけにもいかず、周りをうろうろするばかりであった。
翌日、両親が探しにやって来た。両親は我が子の変わり果てた姿を見て号泣した。忻は両親の前に身を投げ出して事情を説明したのだが、両親は取り合ってくれない。そればかりか、その場で遺体を荼毘(だび)に付そうとした。忻は叫んだ。
「おれを焼かないでくれー!」
懇願もむなしく、遺体は焼かれてしまった。両親は遺体が焼けるのを見ながら、号泣した。忻も号泣した。遺体を焼き終わると、両親は骨を拾い集めて立ち去った。忻もその後を追おうとした。その時、両親の姿がにわかに大きくなり、身の丈一丈(当時の一丈は約3メートル)あまりもあるように見えた。忻は恐ろしくなって、後を追うのをやめた。そのまま帰るところもな
く、辺りをさまよい続けた。
一か月あまり後、一人の老人が現われた。
「趙小大や、わしが連れて帰ってやろう」
老人はそう言って、忻をある家に連れて行った。
「これがお前の家だよ」
それは見知らぬ家であった。忻が入るべきかどうか思案していると、老人にぐいと背中を押された。気がつけば、盧氏の赤子として生まれ変わっていた。これが今の忻であった。
忻はこう続けた。
「夕べ、夢で前世の両親にこのことを告げました。明日には会いに来ることになっています。前から家で飼っている白馬に乗ってくるはずです」
母親は話の内容に驚くばかりであった。
翌日、門で待っていると、果たして白馬に乗った人がまっしぐらに馳せつけて来る。忻は見るなり、転がるように飛び出した。
「父さんが来た!」
忻は泣きながら昔のことを話したのだが、すべて事実と一致した。
趙氏は楽隊を率いて忻を迎えに来た。これより、盧氏と趙氏の両家で忻を育てたという。
(宋『夷堅志』)
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