銀器職人の童

楽平(がくへい、江西省)桐林(とうりん)市の銀器職人の童は、徳興(とくこう)の張舎人(ちょうしゃじん)の家で銀器を作っていた。


毎晩、童が仕事をしていると、決まって二十歳あまりの美しい女がが酒肴を携えてやって来た。女は童と一緒に酒を飲み、飲み終わると共寝をし、夜明け前に帰っていった。


女が使っている食器はすべて張舎人の家のものだったので、童は張家の小間使いではないかと思った。しかし、女が美しかったので、その来訪を拒むことはしなかった。


一か月あまりが過ぎ、このことに気づいた者があった。その者が言った。


「昔、張家の小間使いがここで首をくくって死に、化けて出ては怪異を起こすそうだ。君が会っているのは、その小間使いではないか? もしそうだとしたら、命が危ないぞ」


童はこの話を聞いてにわかにおそろしくなった。


その夜、女がいつものようにやって来たので、童はたずねた。


「君が首くくりの幽鬼だと聞いたのだけど、本当かい?」


女は驚いた様子で、


「誰が言ったの?」


と言うと、するすると梁(はり)によじ上った。そして、梁の間から童に向かって舌を出した。舌の長さは二尺(当時の一尺は約31センチ)あまりもあった。すぐに、女の姿は見えなくなった。


翌日、童は張舎人のもとを去った。



(宋『夷堅志』)



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