名犬的尾

晋の太興(たいこう)二年(319)のことである。


呉地方の華隆(かりゅう)という人は猟を好んだ。一匹の猟犬を飼っており、的尾(てきび)と名付けて常に猟に連れて行った。


その日、華隆は舟で揚子江の岸辺に葦(あし)を刈りに行った。華隆は舟に従者を残して、自分は的尾を連れて岸に上がった。的尾は初めての遠出に大喜び。広い汀(みぎわ)を駆け回った。しばらくして的尾が主人のもとに戻ると、草むらでは華隆の身に一大事が起きていた。


その体には人の腿ほどの太さのある大蛇が巻きついていた。的尾は懸命に大蛇に吠えかかった。しかし、大蛇は締めつける力を緩めようとせず、かえって締めつける力を加えた。華隆の顔は土気色に変わっていった。的尾は身の危険をもかえりみず、大蛇に飛びかかって、その喉を噛み切って殺した。


しかし、華隆は昏倒したままで、生死のほども定かではない。的尾は吠えながら主人の周りをぐるぐる回った。目を覚まさせようと、その顔を舐めたのだが、どんなに吠えても、どんなに顔を舐めても華隆の意識は戻らない。そこで、的尾は舟を目指して一目散に駆けていった。


舟に駆け戻った的尾は従者に向かって吠えかけては、また草むらに駆け戻るということを繰り返した。不審に思った従者がその後に付いて行くと、草むらに華隆が昏倒していた。


急いで舟を返して家に戻り、医者を呼んで手当てした。幸い、発見が早かったため、二日後には意識を取り戻した。


華隆が昏倒していた二日というもの、的尾は出された餌に一切、口をつけず、華隆の部屋の前にじっとうずくまっていた。昏睡から覚めた華隆が手ずから餌を与えると、的尾は初めて口をつけた。


以来、的尾は犬の身ではあるが、華隆に家族同様に可愛がられた。



六朝『幽明録』)



游仙枕―中国昔話大集 (アルファポリス文庫)

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