金君卿
荊南(けいなん、湖北省)の某太守に娘がいた。十八歳の時に縁談がまとまり、吉日を選んで輿入れする運びとなった。
ある晩、娘は夢でこう告げられた。
「これは汝の夫にあらず。汝の夫は金君卿(きんくんけい)なり」
娘は目を覚ましてからもこのことは誰にも言わなかった。ただ、ひそかに帯に「金君卿」の名を刺繍しておいた。母親はこれを見て不審に思い、父親に告げた。父親は府中の役人全てを調べたが、金君卿という者はなかった。娘を問いつめたところ、夢のことを打ち明けた。それからほどなくして、縁談の相手が亡くなった。
半年後、峡州(きょうしゅう、湖北省)の新任の太守が荊南を訪れることとなり、使者を遣わしてきた。その使者から新峡太守の名が金君卿であることがわかった。父親はようやく娘が見た夢の意味を悟った。
峡州太守が到着し、父親はおおいに歓待した、何日も引き留めて打ち解けて話をするうちに、太守が妻を亡くしたばかりであることを知った。そこで、夢のことを話して、娘との縁談を持ちかけた。すると、金君卿は、
「私はもう四十二です。ご令嬢の歳の倍どころか、六歳も足した年上ですよ。それに妻を亡くしたばかりで、まだ再婚なんて考えられません」
と断わってきた。それを、
「これは夢で示された定め、あなた自身でどうこうできることではありませんよ」
と口説き落として、ようやく承諾を得た。
娘が嫁いでから三十年後に金君卿は亡くなった。娘は金君卿との間に数人の子を産んだ。
(宋『夷堅志』)
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