小夫人と千人の戦士

昔、恒水(こうすい、ガンジス川のこと)の上流に一国があった。その王の小夫人が肉塊(にくかい)を産み落とした。大夫人は妬んで、


「不祥(ふしょう)の兆しを産み落とした」


と言って、肉塊を木箱に入れて恒水に捨ててしまった。


下流の国の王が恒水のほとりを散策していた。そこへ上流から木箱が流れてきた。拾い上げて蓋を開けてみると、中には千人の子供がおり、どれも端整な容貌をしていた。不思議に思った王は子供達を連れ帰って養育した。子供達はすくすくと成長し、やがて勇敢な戦士となった。千人の戦士の向かうところに敵はなく、各地を征服していった。その矛先は上流の国にも向けられた。


上流の王はこのことを知ると、深く憂えた。


「王よ、何を憂えておられるのです?」


小夫人の問いかけに、王はため息をついて言った。


「かの国の王には勇壮この上ない千人の子がおる。これが我が国を討とうとしている。それを憂えておるのだ」


小夫人は言った。


「王よ、ご案じめされますな。城の西に高楼(こうろう)を建てて下さい。敵が攻め寄せたならば、私がそこに登って敵を退けます」


王は小夫人の言葉に従って高楼を建てた。いよいよ敵が迫ると、小夫人は一人高楼の上から千人の戦士に向かって呼びかけた。


「子供達よ、お前達は実の母に弓を向けるのか」


千人の戦士はその言葉の意味を解しかねた。


「その方こそ何者だ! 我らの母を騙(かた)るとは」


「子供達よ、母の言葉が信じられぬのなら、口を開けて上を向け」


小夫人は上衣を開いて両の乳房を露わにした。小夫人が乳房を絞ると、乳がほとばしり出た。乳は千筋に分かれ、千人の戦士の口に降り注いだ。その途端、戦士達は小夫人が生みの母であることを悟った。彼等は手にした弓仗(きゅうじょう、弓や矛などの武器)を投げ捨てた。



六朝『水経注』)