貧士の予言
王衍(おうえん)は二十歳の時、受験のため明州(浙江省)から上京した。
合格発表の前日、金のない王衍は遊びに行くこともできず、一人、旅籠(はたご)に残っていた。そこへ、どこからか貧しそうな身なりの士人がやって来てていねいにお辞儀をした。てっきり物乞いと思った王衍は知らんぷりをした。すると、士人は突然、
「秀才、あなたは合格発表をお待ちなのでしょう?」
ときいてきた。王衍は士人にずばり言い当てられて、興味を引かれた。
「そうだ。あんた、もしかして人相見かい? 僕は今年、合格できるだろうか?」
そうたずねると、士人は笑って言った。
「私につき合って一杯やってくれるなら、お教えしますよ」
「僕は旅費にもこと欠く身でね、一文も余裕がないんだよ」
王衍が気まずそうに答えると、士人は袖の中から数百銭ほど取り出した。
「これだけあれば、何とかなるでしょう」
王衍は不思議に思いながら、士人について居酒屋へ行った。酒を数杯重ねたところで、王衍は再びたずねた。
「明日は合格発表なんだけど、首尾はどうだろう?」
「合格発表は明後日ですよ。明日ではありません」
「いや、そんなはずないよ。だって、さっき宣押台(せんおうたい)の役人が試験場の封印を切るところを見たばかりだ。答案の審査が終わったってことじゃないか。すべて予定通りだ。一日延期されるはずがない」
「私にわかることだけをお話しますよ。あなたは五十八歳になるまでは合格しません」
士人の答えに、王衍は愕然(がくぜん)とした
「ご、五十八歳だって? 僕は一生うだつが上がらないってことか……」
「まあ、まあ、気を落とさないで。これもそう悪くはありませんよ。まず、都で役人になって、三年もしないうちに卿監(けいかん)に抜擢(ばってき)され、それからは大きな郡の監司を歴任して、八十歳まで長生きなさるのですから」
士人にそう言われても、王衍の気は晴れなかった。彼は居酒屋から立ち去った。
旅籠に戻る途中、太学の下僕と出会ったので、合格発表についてきいてみた。すると、
「上奏する答案にまちがいがあったそうで、発表は明後日に延期されることになりました」
と言うではないか。王衍は驚いた。一日遅れの合格発表で、王衍は不合格であった。王衍は都中歩き回って士人を探したが、誰も知らないという。
士人の予言どおり、王衍は大観三年(1109)に試験に合格し、建炎年間(1127〜1230)はじめに京西転運使に昇進した。
(宋『夷堅志』)
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