倩霞(三)

中にひときわ白く、なめらかな足があった。足の裏には、川の字のような紋理がうっすらと浮かんで見えた。林青は昨夜見た不思議な夢を思い出した。


「倩霞の足だ」


林青はその足の裏に筆で倩霞の名前を記した。


耿精忠が確かめると、今度も倩霞であった。これには耿精忠も、


「まさに天縁だ」


と感嘆するしかなかった。ついに林青に倩霞を娶わせ、さらに持参金として千金を与えた。


林青は倩霞を得たことで耿精忠に深い恩義を感じ、その恩に報いようと心を砕いた。前にもまして耿精忠に熱心に仕え、ちょっとした表情の変化や一言一句にまで気を配った。


その林青に対して、倩霞は言った。


「あなたが王に恩義を感じるのは当然のことです。しかし、このような恩の施し方を、王は今までにも何人にもしています。あなただけが特別なわけではありません。確かにあなたは二十歳で武官となり、一年で護衛の地位を得ましたが、これも王に権勢あってのこと。その権勢だって、いつまでも続くものではありません。それに、近頃の王の振る舞いは淫虐の限りを尽くしています。おそらく自ら身を滅ぼすことになるでしょう。王が滅んで、あなたが無傷でいられると思いますか? 今のうちに王のもとを去るべきです。それが禍を避ける良策ですわ」


「しかし、お役目を途中で投げ出すわけにはいかない。それに、どこへ行けばいいのやら……」


林青が渋ると、倩霞は笑った。


「これだけお話ししたのに、まだ決心がつかないのですか。それなら、心配ありませんわ。私の母方の叔母が都におります。そこへ身を寄せたらどうでしょう」


林青も耿精忠の無軌道な行状には危惧の念を抱いていたので、倩霞の意見に喜んで従うことにした。急いでかさばらない金目のものだけを荷造りし、二頭の駿馬(しゅんめ)を買い込むと、耿精忠には何も言わず、夜のうちに北へ向かって旅立った。都に着くと、倩霞の叔母の家に身を寄せた。


後に林青夫婦は宛平(えんぺい、北京の西)に籍を移して茶の商いをはじめ、大富豪となった。



(清『夜譚随録』)