狐の仇討ち
嘉慶(かけい)十年(1805)のことである。
陝西(せんせい)の甘棠(かんとう)県に高中秋(こうちゅうしゅう)という人がいた。その行ないは無頼(ぶらい)で、美しいひげを垂らした身の丈八尺(当時の一尺は32センチ)の偉丈夫であった。
ある時、山で狩りをして、数十匹の狐を捕らえた。すべて殺して皮を剥ぎ、肉を食べた。
この年の十二月、突然、二人の女が天から降りてきた。どちらも妖しいまでに美しく、天宮に仕える宮女だと言った。
「上帝からあなた様にお仕えするよう遣わされました。あなたは帝王におなりになるお方です。くれぐれもご自愛下さいませ」
中秋はひそかに喜んだが、大業をなす味方がいない。そこで同じ村の武生(県の武科挙の試験に合格した者)の王三槐(おうさんかい)と、軍で旗手を務める高珠玉(こうしゅぎょく)にこのことを打ち明けた。ともに中秋の狩り仲間であった。二人は中秋に味方となることを誓った。中秋は三槐の娘を娶って皇后とし、天から降りてきた二人を妃とした。
二人の女は不思議な能力を持っており、豆をまいて兵士とし、石を金とすることができた。こうして兵と金を得た中秋はついに謀反を起こす決意をした。
中秋は史満匱(しまんき)という工人を雇っていた。中秋と珠玉は将軍となって一味になるよう強要したが、満匱はかたくなに拒んだ。
ある時、満匱は中秋ら三人が挙兵に当たって自分の首を切り落として軍旗を祭るらしいといううわさを耳にした。満匱は夜を徹して県城に走り、知事に中秋らの謀反を告げた。知事はこのことを巡撫に報告し、一方で満匱の案内で中秋の拠点を襲って一網打尽にした。
陝西巡撫が謀反を朝廷に報告し、中秋らは凌遅(りょうち、体を生きたまま刻む極刑)の刑に処せられた。三槐の娘も捕らえられて殺されたが、妃となった二人の女の姿はどこにもなかった。
おそらく二人の美女は狐が化けたもので、仲間を殺された復讐を果たしたのであろう。
(清『北東園筆録』)
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