真面目な番頭さん(五)

翌朝早く張勝は店を開けていつも通りに仕事をはじめ、李慶が来ると引き継ぎをすませて帰宅した。


張勝は帰宅すると、夕べ受け取った着物と銀塊を母親に見せた。母親がびっくりして、


「一体どうしたんだい? こんな高価な物を」


ときくので、張勝は昨日の一件を話して聞かせた。話を聞いた母親はしばらく考え込んでいたが、やがて、


「倅や、奥様がお前にお金をくれただけでなく、着物や銀塊までくれたのはどういう意味かわかるかえ? よく考えてごらん。私はもう六十の坂を越した。父さんが亡くなってからは、お前だけが頼りなんだよ。お前の身に何かあったら、私はどうしたらいいんだい?そうさね、明日はひとまず仕事を休んだ方がいいね」


と言った。張勝はもともと真面目な人柄の上に親孝行を第一に考えていたので、母親の言葉に従いしばらく仕事を休むことにした。 張員外は張勝が出勤してこないのを知ると、様子を見に人を遣わしてきた。母親が応対に出て、


「息子は風邪を引き込みまして……。ここ数日体調がすぐれなくて仕事を休んでおります。旦那様にお伝え下さい、具合がよくなったら店の方に出させていただきますので」


と答えた。


それから数日経っても、張勝は出勤してこない。今度は李慶が様子を見に来た。


「張さんはどうして来ないのかね? 店の方は手が足らなくててんてこ舞いだよ」


母親はひたすら、


「具合が悪くて……」


と答えるばかりであった。張員外の方では張勝を何度呼びにやっても出勤してくる気配がないので、これはてっきり別の勤め口を見つけたのであろうと見当をつけるようになった。実際、張勝はこの間、ずっと家にいたのであるが。



一月あまりが過ぎた。諺にも「坐して食らえば山も空し」と言うように、わずかな蓄えは既に食い潰してしまった。いくら張員外のお妾さんからたくさんの物をもらっているとは言え、それに手をつけることはできかねた。張勝は母親に言った。


「母さんの言う通りずっと張の旦那の店に出てないけど、生活費をどうしよう? もう蓄えもなくなるよ」


すると、母親が梁の上を指差して、


「倅や、あれが見えるかえ?」


と言った。張勝が見ると梁の上には紙の包みが一つ懸けてあった。母親は張勝にそれを下ろさせると、


「父さんがね、お前が大きくなったら使うように、と言って残してくれたんだよ」


そう言いながら包みを開いた。中身は糸屋の看板であった。母親は張勝に、


「やはり、商いは慣れていることの方がいいからね。父さんの代から糸を商っているんだから、お前もそうおしよ」


と勧めた。


さて、この日は元宵節(げんしょうせつ、旧暦の正月十五日)であった。張勝が、


「今夜は元宵だよ。端門では燈篭がたくさん出てるんだって。母さん、見に行ってもいいかなあ?」


ときくと、母親は、


「倅や、端門に行くと張の旦那のお宅の前を通ることになるじゃろう。厄介なことに巻き込まれなければいいけど……」


と渋ったが、張勝がなおも言いつのって、


「みんな見に行くよ。今年の燈篭はすごいんだって。早く帰ってくるし、張の旦那の家の前を通らなければいいでしょう?」


「行ってもいいけど、一人では駄目だよ。誰かと一緒にお行き」


「じゃあ、王二哥(おうじか)と一緒に行くよ」


「これだけは守っておくれ。絶対に酒を飲まないこと。そして王二哥と一緒に行動するんだよ。一人になっちゃ駄目だよ」


 と母親は言いつけた。



(つづく)