真面目な番頭さん(七)

張勝は、


「二哥かな。そうだ、折角だから少し飲んで帰ろう。ちょうどよかった」


と、手代について店の二階に上がった。小さな座敷の前で手代が、


「ここでお待ちです」


と言うので暖簾(のれん)をあげて中をのぞくと、女が一人坐っていた。着物は乱れ、髪はくしゃくしゃ、化粧もしていないが、なかなかの美人である。女は張勝の顔を見ると、


「番頭さん、あなたをお呼びしたのは私よ」


と言った。張勝は女の顔に見覚えがあるのことはあるのだが、一体誰だか思い出せない。しきりに頭をひねっていると女が、


「番頭さん、私よ、私。旦那様の奥さんよ」


と言ったのでようやく思い出して、


「奥様、どうしてここにおいでなので?」


「一言じゃ言えないわ」


「一体、どうなさったんです?」


「媒婆の言葉を信じて旦那様に嫁いできたのが間違いだったのね。旦那様は贋銀造りで捕まったわ。左軍巡院(さぐんじゅんいん、警察と裁判所の役目を果たす役所)に連れて行かれたけど、今はどこにいることやら。家財は全部、差し押さえられちゃったの。私もすっからかんになってしまったのよ。ねえ、ものは相談だけど、昔のよしみでしばらくお宅に置いてもらえないかしら」


女の申し出を聞いた張勝は首を横に振って、


「それはできない相談ですよ。家の母はそりゃ大層厳しいんです。それに、昔から『瓜田に履を入れず、李下に冠を整(ただ)さず』と言うではありませんか。人に疑われるような振る舞いは断じてなりません」


と断わると女は、


「あら、厄介者ってことなのね。長居でもされたら、掛かりが大変だと言いたいわけね。いいわ、いい物を見せてあげる」


と言って懐から何やら取り出した。


女が取り出したのは百八粒の舶来真珠を連ねた一本の数珠であった。一粒の大きさはオニバスの実ほどの大きさがあり、まばゆい光を放っている。張勝は思わず見とれて、


「こんな結構な品、初めて見ます」


と感嘆の声を漏らした。女はそれをしまい込みながら、


「他の物は全部没収されちゃったの。これは隠しておいたから、手元に残ったのよ。もし、お宅に置いていただけるなら、一粒づつ徐々に売りに出せば生活には困らないでしょ」


と提案した。張勝はしばらく考えてから、


「母が許せば……」


 と答えると、女は、

「じゃあ、お母様のご許可をもらいに行きましょう。あなたがお母様にお話している間、私はお向かいのお宅で待たせてもらうわ」


と承知した。そして、二人は居酒屋を後にして、張勝の家に向かった。



(つづく)



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