回々(フイフイ)

明の弘治年間(1488〜1505)、朝貢のために中国を訪れた回々の一行が山西の某所を通りかかった。ちょうど山のふもとに差しかかった時、付近の住民が争って泉から水を汲むのを目にした。回々は泉の様子を眺めていたのだが、何を思ったか従者に向ってこんな命…

芭蕉

蘇州に馮漢(ふうかん)という学生がいた。石碑巷(せきひこう)の近くに小さな書斎を構えていたのだが、その中庭にはとりどりの花や木が植えてあり、なかなかに見るものがあった。 ある夏の夕暮れ、風呂上がりの馮漢が腰掛に坐って涼んでいると、どこからか…

雷神

鉛山(えんざん、江西省)の男が美しい女に思いを寄せた。しかし、女には夫があり、容易にはなびかなかった。 ある時、女の夫が病気になった。大雨が降り、昼間でも暗い日であった。男は派手な模様の着物に作り物の翼を着け、雷神の装いをした。そして、女の…

美貌の女師匠

明の成化(せいか)十三年(1477)七月十三日の夕暮れのことである。真定府(河北省)晋州(しんしゅう)聶村(じょうそん)の秀才高宣(こうせん)の家の門を一人の女が叩いた。女はすらりと背が高く、美貌であった。女は、 「趙州(河北省)の張林の妾です…

三娘子

広東潮州府(ちょうしゅうふ)掲陽県(けいようけん)の趙信と周義は親しい友人であった。二人で南京へ布の買いつけに行くことになり、船頭張潮(ちょうちょう)の船をやとい、翌日の夜明けに船で落ち合う約束をした。 出発の当日、趙信は早々と一人でやって…

呉淞の孫生

呉淞(ごしょう、上海付近)の孫生は十七歳で、絵に描いたような美少年であった。隣家にこれまた美しい娘が住んでおり、孫生とは人目を避けて冗談を言い合う仲であった。孫生はいつも一線を踏み越えたいと願っていたのだが、なかなかその機会を得られないで…

海嘯異聞

南宋の紹興八年(1138)八月十八日のことである。この日は銭塘江(せんとうこう)で海嘯(かいしょう、逆流)が起こる二日前にあたっていた。沿岸の住民の耳に空中から人の声が聞こえてきた。 「橋の上の数百人が死ぬぞ。どいつも行いの正しからぬ人間だ。ま…

尼寺から逃げた男

尼寺に迷い込んだ男がいた。尼僧達は争って男と関係を結んだ。男もはじめのうちは楽しんでいたのだが、数日もすると家を恋しがるようになった。尼僧達は送別の宴にことよせて男を酔いつぶすと、家に帰れないよう頭をつるつるに剃ってしまった。 しかし、男は…

丁家の四郎

陝西(せんせい)に春月(しゅんげつ)という美しい娘がいた。ある日、庭で兄嫁と鞦韆(ブランコ)で遊んでいると、垣根越しに美少年が馬に乗って通りかかるのが見えた。春月と兄嫁は美少年に心を奪われ、その姿をじっと目で追った。庭と道を隔てる垣根は低…

泣く女

陸容(りくよう)が桐廬(とうろ、浙江省)を通りかかった時のことである。ふと見れば、河の向こう岸で一人の女が泣きながら訴えていた。 「夫が殺された、夫が殺された」 河は深くて広く、そう簡単には渡れそうにない。陸容が何とかして女から仔細を聞こう…

豆腐

ある男、客をまねいて馳走したのだが、豆腐料理しか出さぬ。曰く、 「豆腐は私の命です。こんなに美味しいものはこの世にありませんわい」 しばらくして、その男が客の家に行くと、非常に歓待してくれた。客はちゃんと男の好みを覚えていて、魚肉を豆腐に混…

逸楽の果て

江右(江西省)の赫応祥(かくおうしょう)は国子監(こくしかん)の学生となり、家族を連れて都に移り住んだ。風采(ふうさい)がすぐれ、自分でも放蕩者を気取って色事こそ我が命と思っていた。勉強そっちのけで遊郭にしばしば通い、名だたる妓楼で足を踏…

山中の蜃気楼

山東省に煥山(かんざん)という山がある。しばしば蜃気楼が目撃されることで有名であった。 明の嘉靖二十三年(1544)、県知事の張其輝(ちょうきき)が公務で煥山を通りかかった。公務のため夜を徹して山道を急いでいた。東の空が明るんできた時、ふと山頂…

人妻失踪事件

四川(しせん)に器量がよい上に色っぽい人妻がいた。実家から婚家に一人で戻る途中、郊外で大雨に遭い、やむなく近くの寺で雨宿りをすることにした。年老いた住職と若い弟子が迎え出て、 「服を乾かしましょう」 と言って人妻を奥へ導き、二人がかりで手籠…

心鉄

昔、一人の商人がいた。年若く、容姿すぐれた男で、いつも舟で河を往来していた。 ある時、西河の下流に停泊した。桟橋のそばに高楼があり、その窓辺には年若い美女の姿があった。四つの目が互いの存在を認めるのにそう長い時間はかからなかった。思いのたけ…

朱進馬の還魂

明の正徳二年(1507)に、陝西(せんせい)靖寧(せいねい)州の朱進馬(しゅしんば)の父が四川成都の属邑に教官として赴任することになった。進馬も父の赴任に随行した。父の任期が満ちて故郷に戻る途中、進馬は病気で死んだ。父は進馬の遺体を靖寧州に連…

化火

蜀帝に公主が生まれた。蜀帝は乳母の陳氏に公主を養育させることにした。陳氏は幼い息子を連れて宮中に入り、公主とともに暮らした。 公主が年頃になり、陳氏母子は宮中を出た。陳氏の息子は公主に恋い焦がれて、重い病にかかった。 ある日、陳氏は宮中で公…

禍をよぶ画眉

明の天順年間(1457〜1464)のことである。 杭州(こうしゅう、浙江省)に住む沈(しん)なにがしは一羽の画眉(がび、ほおじろのこと)を飼っていた。 この画眉はたいそう声が美しく、幾度も鳴き比べで勝利をおさめていた。安徽(あんき)から来た商人がこ…

変鬼

南京の華厳寺(けごんじ)の僧侶月堂(げつどう)は、かつて喜捨(きしゃ)を求めて貴州に足を踏み入れたことがあった。その時、土地の人間から不思議な話を聞いた。 この地には「変鬼法」という不思議な術を操る能力者がいるそうである。男にも女にもいて、…