朱進馬の還魂
明の正徳二年(1507)に、陝西(せんせい)靖寧(せいねい)州の朱進馬(しゅしんば)の父が四川成都の属邑に教官として赴任することになった。進馬も父の赴任に随行した。父の任期が満ちて故郷に戻る途中、進馬は病気で死んだ。父は進馬の遺体を靖寧州に連れ
て帰って埋葬した。
その二年後、同郷の蘇氏の息子が死んだ。二日後に納棺しようとしたところ、突然、息を吹き返した。息子は起き上がると、あたりを見回して、
「ここは私の家じゃない」
と言い出した。家族が驚いてわけをたずねると、
「朱進馬だ。ずいぶん前に死んだのだが、寿命がまだ尽きていないことがわかって、この世に戻されたのだ。あの世で聞いたところによれば、妻が再婚しようとしているという。すぐに私が生き返ったことを知らせて、やめさせてくれ」
と答えた。そこで、朱家に連れて行き、事情を話して妻に会わせた。しかし、妻にしてみれば、突然、見知らぬ男に夫だと言われて認められるはずがない。生前の話などをしてみると、すべて一致する上にその声音やしぐさは進馬とそっくりであった。ようやく妻も夫であることを認めて、家に迎え入れようとした。すると、蘇家が、
「魂は別人でも、体は息子のものだ」
と言い張り、朱家に身柄を渡すことを拒んだ。双方引き下がらず、ついには訴訟に及んだ。すると、
「確かに体は蘇氏の息子のものだ。朱氏は銀を払って、体を買い取るように」
との判決が下った。
(明『玉芝堂談薈』)