丁家の四郎
陝西(せんせい)に春月(しゅんげつ)という美しい娘がいた。ある日、庭で兄嫁と鞦韆(ブランコ)で遊んでいると、垣根越しに美少年が馬に乗って通りかかるのが見えた。春月と兄嫁は美少年に心を奪われ、その姿をじっと目で追った。庭と道を隔てる垣根は低く、美少年も馬の足を止めてこちらを見つめていた。二人は美少年に見つめられて頬を染めた。そばにいた小間使いに誰だか確かめるよう命じた。小間使いは美少年の後をつけ、
「丁家の四郎様だそうです」
と報告した。
翌日、隣家の老婆が訪ねてきて、
「お嬢様方は昨日、丁家の若様をごらんになったそうですね」
と言った。春月が恥ずかしそうに顔を赤らめると、老婆はこう続けた。
「隠すことはありませんよ。今日はその丁家の若様のことで来たのですから。実は若様の方でも、お嬢さんの美しいお姿にお気を留めておいでなのですよ」
そして、丁家の四郎の長所を数え上げて誉めそやした。
その夜、春月は横になっても寝つかれず、丁家の四郎のことを考えていると、突然、男が部屋に入ってきた。
「誰?」
「丁家の四郎です」
暗闇で顔は見えなかったが、春月は相手が丁四郎だと思い、黙って男に身を任せた。男は夜明け前に春月の部屋から出ていった。
夜になると、男はまたやって来た。このようにして数か月が過ぎた。
ある日、春月は親戚の家へ出かけたまま帰らなかった。その夜は蒸し暑く、兄夫婦は風通しのよい春月の寝室を使うことにした。
翌日、日が高くなっても兄夫婦が起きてこなかった。不審に思った家人が扉を破って中に入ると、兄夫婦は二人とも首を切り落とされて死んでいた。家人には夫婦が殺される理由がわからなかった。そこで、盗賊が押し入って殺したものとして役所に訴え出た。しかし、何の手がかりもなく、なかなか犯人は捕まらなかった。
取り調べに当たった役人は調書に何度も目を通して考え込んだ。盗賊が押し入ったとはいうものの、夫婦は寝たまま殺されており、その上、何も盗られていない。怨恨の筋も考えたが、平凡な生活を送っている夫婦を恨む者などありそうになかった。
役人は長い間、考え込んでいたが、夫婦の両親にたずねた。
「若夫婦はいつもこの部屋で寝ていたのか?」
すると、
「いいえ、娘の部屋です。息子夫婦はあの晩だけそこで寝ていたのです」
と言う。役人は続いて春月を召し出して、何か隠し事をしていないかと厳しく問い詰めた。そして、丁四郎と逢い引していたことをつきとめた。今度は丁四郎が捕らえられたのだが、春月との関係を追及されても、
「春月とは誰のことです? さっぱりわけがわからない」
としか答えない。丁四郎の様子を見る限り、うそをついているようには見えなかったので、春月と対面させることにした。丁四郎は春月の顔を見て、ようやく思い出したようで、
「確かにあの日、この家の前を通りかかって、鞦韆で遊んでいるのを見かけはしました。ただ、それだけです。何もありませんよ。僕は今日の今日までこの人のことを忘れていたくらいですからね」
と答えた。もう一度、春月に、逢引の相手は確かに丁四郎かと確かめると、
「いつも真夜中に来て夜明け前に出ていくので、きちんと顔を見たことはありません」
と言い出した。役人はまた何やら考え込んでいた。
「丁四郎がお前に気を留めたという話は、誰から聞いたのだ?」
「お隣のお婆さんからです」
今度は隣家の老婆が捕らえられた。老婆は厳しい取調べを受けて、洗いざらい白状した。
あの日、春月と兄嫁が丁四郎のことを話しているのを塀越しに聞き、息子を丁四郎になりすまさせて忍んで行かせたというのである。
老婆の息子を取り調べると、丁四郎になりすまして春月の部屋に忍び込んだことをあっさり認めた。あの夜もいつものように春月の部屋に忍び入ろうとしたところ、扉に鍵がかかっている。さてはほかに恋人ができたのかと疑い、忍び込んでみれば、男女が並んで寝ていたので、カッとなって二人の首を切り落としたというのであった。
(明『野記』)