逸楽の果て

江右(江西省)の赫応祥(かくおうしょう)は国子監(こくしかん)の学生となり、家族を連れて都に移り住んだ。風采(ふうさい)がすぐれ、自分でも放蕩者を気取って色事こそ我が命と思っていた。勉強そっちのけで遊郭にしばしば通い、名だたる妓楼で足を踏み入れないところはないというほどであった。


たまたま春の野遊びで郊外に出かけた。歩き疲れてのども渇いたので、どこかで水をもらおうと民家を探したところ、林の中から木魚の音が聞こえてきた。音を頼りに尋ねてみると、尼寺を見つけた。赫応祥は門を叩いて、案内を乞うた。愛らしい女童が出てきて、中へ通してくれた。しばらくして、尼僧が挨拶に現われた。尼僧は若くあだっぽく、赫応祥は好き心がうずくのを感じた。


当たり障りのない世間話を交わしているところへ、女童がお茶の準備が整ったことを知らせに来た。赫応祥が奥へ通ると、竹の茂った庭を回廊が取り巻き、窓には梅花をかたどった紙が貼ってあり、たいそう幽玄な趣がある。空照の部屋の壁には観音大師の絵が掛けてあり、その下の机には貝葉経(ばいようきょう)が置いてあった。金泥(きんでい)で小さな楷書が書かれてある。末尾に「空照写」とあったので、尼僧の名が空照(くうしょう)であることが知られた。


空照は龍涎香(りゅうぜんこう)を焚き、銘茶を淹れてくれた。また、琴を爪弾きながら、互いに詩の応酬もした。赫応祥が詩にことよせて誘いをかけてみたところ、相手もまんざらではなさそうであった。そろそろ日が暮れようとしていたが、赫応祥はぐずぐずとして腰を上げようとしなかった。


「若様はどちらにご滞在ですの? そろそろお戻りにならなければ」


空照が帰宅をうながした。赫応祥は言われてはじめて日暮れに気づいたような表情をして答えた。


「成賢街に滞在しております。二十里あまりありますでしょうか。城門もとっくに閉まっているでしょうから、今宵はこちらでお説法をお聞かせ願えれば、と思っております。桃源に迷い込んだ客人を追い返すようなことはなさいますまい」


空照は微笑んで、


「帰路の遠いことを思えば、このままお帰しするわけにもまいりませんわ。お泊めするしかないでしょう」


と答えた。赫応祥は改めて空照を拝して礼を述べた。女童が灯りをともし、酒肴を並べた。赫応祥と空照は差し向かいで酌み交わしていたが、だんだん話題が色恋へと傾いていった。空照に拒む様子が見えないので、赫応祥は帳の中へ引き込んでともに睦み合った。


翌朝、二人が顔を洗っているところへ、隣の院の静真という尼僧が訪ねて来た。赫応祥が屏風の裏に隠れて様子をうかがうと、静真もなかなかあだっぽい。静真は笑みを浮かべて空照をからかった。


「あなた、夕べは素敵な恋人とたいそうお楽しみだったそうじゃないの。お引き合わせ願いたいわね」


空照は笑って答えない。すると、静真は、


「恋人さん、どこにいるの?」


と言いながら、部屋の中を探し始めた。そして、屏風の後ろから着物の裾がはみ出しているのを目ざとく見つけると、


「見いつけた」


と、赫応祥を引っ張り出した。静真はまじまじと赫応祥を見つめていたが、立派な風采に心をひかれたようであった。別れ際に静真は赫応祥に、後で自分の院に来るよう言った。


「せっかくお隣なんですもの。いらして下さいね」


赫応祥が部屋を訪ねると、静真は引き止め、空照も呼んでともに酒を飲んだ。空照は、


「用がありますから」


と言って、途中で席を立った。静真と二人になった赫応祥が試しに誘ってみると、簡単に身を任せてきた。


これより、赫応祥は二つの院を行き来し、二人の尼僧と思う存分楽しんだ。空照と静真も赫応祥の意に沿おうと、考えつく限りの手練手管を尽くした。赫応祥は逸楽に耽り、帰ることも忘れた。


赫応祥は風邪を引き込み、そのまま身まかった。空照と静真は赫応祥の亡骸(なきがら)をこっそりと庵の裏庭に埋めた。


一方、赫応祥の家のではいつまで経っても帰宅しないので、何か犯罪に巻き込まれたのではないか、と疑った。そこで、尋ね人の立て札を出したのだが、さっぱり手がかりは見つからなかった。


それからしばらくして、赫応祥の家で改修工事をすることになった。作業に来た大工が古い紫色の帯を締めていたのだが、それは赫応祥のものであった。下僕がそのことに気づき、夫人に知らせた。夫人が大工に帯をどこで手に入れたのかたずねると、郊外の尼寺の天井裏で見つけたとのこと。


赫応祥の夫人は帯を証拠に訴え出た。空照と静真の二人は捕らえられ、洗いざらい白状した。結局、赫応祥はあくまでも病死で、殺されたわけではなかったので、空照と静真は棒たたきの刑の後、還俗(げんぞく)させられるだけですんだ。



(明『ケイ林雑記』)