オウ涛
汝南(じょなん、河南省)の人、オウ涛は古典を学び、道術を好んだ。旅に出て、ブ州(浙江省)義烏(ぎう)県に居を定めた。
一か月あまり経ったある夜、どこからか娘が二人の小間使いを連れて訪ねてきた。小間使いの一人が言った。
「こちらは王氏のお嬢様です。今晩はわざわざあなたに会いにいらしたのですよ」
見れば絶世の美女で、名門の令嬢と思われたので、オウ涛はあえて返事をしなかった。
王氏の娘は笑って言った。
「秀才さんは酒色には興味がないようですわね。どうおもてなししたらよろしいのかしら」
オウ涛はあわてて立ち上がって、お辞儀をした。
「滅相もない、私は無知な田舎者です」
娘は小間使いに手伝わせて打ち掛けを脱ぎ、オウ涛の寝室に入ってきた。銀色の蝋燭が灯され、酒と料理が並べられた。幾度か盃がめぐってから、娘は言った。
「私は寄る辺のない身の上です。あなた様にお寝間(ねま)でお仕えしたくてまいりました」
オウ涛は娘の願いを丁重に受け入れ、情を交わした。王氏の娘は夜明け前に帰っていった。以来、夜になると娘はオウ涛のもとを訪ねてきた。こうして数か月が過ぎた。
ある時、オウ涛の知人で、道士の楊景宵(ようけいしょう)が訪ねてきた。彼はオウ涛の顔色を見るなり言った。
「君は幽鬼にたぶらかされているな。さっさと縁を切るのだ。さもなければ死ぬぞ」
オウ涛は驚いて、すべて打ち明けた。
「間違いない、幽鬼だ」
道士はオウ涛に二枚の護符を与え、一枚を身につけ、一枚を扉に貼りつけるよう言った。さらに、
「幽鬼は色々な怨み言を並べるだろうが、絶対に口をきいてはならぬぞ」
その夜、娘はオウ涛を訪ねてきたが、扉に貼りつけられた護符を見るなり、大声で罵った。
「明日中にこれを剥がさなければ、きっと災いをもたらしてやるわ」
翌日、オウ涛は楊景宵を訪ねて、昨夜のことを話して聞かせた。楊景宵は、
「今夜、また来るだろう。しかし、この呪水(じゅすい)をかければ、二度と現われまい」
と言って、オウ涛に一瓶の水を授けた。
果たして夜になると、娘は再びやって来て、扉の前で泣いたり、かき口説いたりした。オウ涛が水をかけると、娘はたちどころに姿を消した。娘は二度と現われなかった。
(唐『集異記』)
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