黒い箱

呂叔[火召](りょしゅくしょう)が太平県(安徽省)の知事をしていた時のことである。


同僚の王県尉が喪に服するため、帰郷することとなった。出発に際して、王県尉は呂叔[火召]に荷物を預けていった。その中に黒い箱があった。


王県尉は、


「この黒い箱だけはくれぐれも大切に扱って下さい」


と何度も頼んでいった。呂叔[火召]は黒い箱を寝台の棚に置いた。


黒い箱を置くようになって間もなく、棚からかすかな物音が聞こえるようになった。カサカサと何かが出入りしているような音であった。


鼠かと思って寝台を叩くと、音はすぐにやんだ。そのようなことが何度か続いた。


しばらくすると、誰も触っていないのに、箱の向きが変わっていることに気づいた。そのつど直すのだが、翌日になると、また向きが変わっているのであった。


数か月後、王県尉が戻り、荷物を引き取りに来た。呂叔[火召]が黒い箱の中身をたずねた。王県尉は箱を撫でさすりながら言った。


「ここに着任したばかりの頃、一人の妓女とねんごろになりました。ほどなくして、女は亡くなりました。私は墓に出向いて、女の亡骸を焼きました。この箱には女の遺灰が納めてあるのです。今から河へ遺灰を撒きに行きます。舟を待たせてあるので、これで失礼します」


話を聞き終えた呂叔[火召]は、思わず身震いした。音を立てていたのは鼠ではなかったのである。


王県尉が立ち去ると、呂叔[火召]はすぐに寝台の棚を取り払った。



(宋『夷堅志』)



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