扶風の石

波斯(ペルシア)の胡人が扶風(ふふう、陜西省)を訪れた。胡人は一軒の旅籠の前を通りかかった時、その門の外にある四角い石に目を止めた。


そのまま立ちつくすこと数日、じっと石に目を注いだまま立ち去ろうとしない。不審に思った旅籠の主人がそのわけを尋ねてみると、胡人はこう答えた。


「この石で絹を打ちたいのですよ」

そして銭二千で買い取りたいと申し出た。ただの石ころが二千の大枚に化けるのだから、主人、喜ばぬはずがない。銭と引き換えに石を掘り起こして胡人に与えた。


胡人は扶風を離れると、石を割って中から直径一寸ほどの珠を取り出した。そして、自らの腋の下を裂いて珠を埋め込み、故国へ帰ることにした。


波斯行きの船に乗り、海を行くこと十日余りにして、突然、船が転覆しそうになった。


船の乗員は海神が船中の宝を求めているのだろう、と悟り、船中をくまなく捜した。しかし、宝らしいものは何も出てこない。そこで胡人を生贄として海神に捧げようとした。


恐れた胡人は腋の下を裂いて珠を取り出した。乗員が海に向って、


「この珠が欲しくば、まさに取るべし」


と呪いの言葉を述べたところ、海から毛むくじゃらの巨大な片腕がにゅっと伸びてきた。そして、珠を受け取ると、そのまま消えてしまった。



(唐『広異記』)