炭

晋の頃、信安（浙江省）に鄭徽（ていき）という人がいた。若かりし日に橋の上で一人の老人と出会った。老人は鄭徽に巾着を示して言った。

「これはお前の命だよ。くれぐれも失くさないようにな。中身が壊れたら、それは良くない徴（きざし）だよ」

老人は鄭徽に巾着を手渡すと、忽然とその姿を消した。鄭徽が巾着を開けてみると、中には炭が一つ入っていた。以来、鄭徽はこの炭の入った巾着を大事に保管した。

そのお陰か、度重なる兵乱のさ中でも怪我一つせずに済んだ。

晋の命脈が尽き、宋の天下になって間もない永初三年（422）、鄭徽は八十三才になっていた。気分のすぐれない日が続き、ついに床から起き上がれなくなった。

鄭徽の病状を心配した子や孫が枕元に詰めていた。鄭徽は一同の顔を見回して言った。

「わしももう寿命のようだ。あの巾着を見てみようかの」

巾着を開いてみると、中の炭は粉々になっていた。鄭徽はそのままがっくりとのけぞった。その目からは既に光が失われていた。

（六朝『異苑』）

游仙枕―中国昔話大集 (アルファポリス文庫)