襄陽の少年

ある商人が舟で襄陽(じょうよう、湖北省)を旅していた。途中、二つの小箱を背負った僧侶が乗せてほしいと求めてきた。船頭は見ず知らずの人間を乗せることに難色を示したが、商人は、


「まさか、出家の人が悪いことをするはずはないだろう」


と言って、僧侶を船に乗せた。


しばらく行くと、今度は十歳あまりの少年が乗せてほしいと、声をかけてきた。僧侶が、


「あんなのは放っておけ」


と言うと、船頭が叱りつけた。


「あんたら出家は、衆生(しゅじょう)を教え導くのが本分だろう。どうして、困っている人を見捨てようとするんだ」


そして、舟を岸に寄せて少年を乗せた。僧侶は不満そうな表情を浮かべたが、ことを荒立てるようなことはしなかった。


翌日、舟は人気のない、広い場所に停泊した。商人と僧侶、そして童子は食事を共にした。商人が最初に食べ終わり、その後で僧侶が食べ終わった。僧侶は少年に向かって、


「お前は構わず食べていろ」


と言ったのだが、少年は何も答えなかった。


突然、僧侶は短刀を抜いて商人に突きつけた。


「これで胸をえぐられて死にたいか? それがいやなら、河に身を投げて死ぬんだな」


商人は跪いて泣きながら命乞いをした。しかし、僧侶はそれには気も留めず、短刀をちらつかせて叱りつけた。商人が覚悟を決めて、河に身を投げようとしたその時である。二本の箸が僧侶の鼻の穴に飛び込んだ。箸は脳にまで達し、僧侶はたちどころに死んだ。


商人が箸の飛んできた方を見ると、少年がすでに食事を終えて坐っていた。その前に碗はあったが、箸はなかった。商人は自分の命を救ってくれたのが少年であることを知り、礼を述べた。しかし、少年は何も言わずに急いで立ち上がると、僧侶の残した二つの小箱を河に投げ込んだ。


少年は商人に向き直り、こう言った。


「この坊主は盗賊です。それを知っているのは私だけです。私はこやつを三年の間、追い続け、今日ようやく仕留めることができました。昨日、少しでも遅れていたら、今頃、あなたの命はなかったことでしょう」


「どうして、箱を捨てたのです?」


「箱の中には坊主の弟子が二人、隠れておりました。ぼやぼやしていたら、出てくるところでした」


商人は少年を命の恩人として伏し拝んだ。少年は舟を降りて立ち去った。



(清『広新聞』)



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