漢以前

昔々のことである。船で東海に乗り出した人がいた。 運悪く時化(しけ)に遭って難破した。船は大破し、舵(かじ)もきかず、ただ風に任せて漂うだけであった。夜空の星を見ても、一体どこを航行しているのかさえわからなかった。 そのように漂流すること一…

麗娟

漢の武帝の後宮に麗娟という宮女がいた。年は十四歳、玉の肌膚(はだえ)に吐く息は蘭よりも芳しく、帝の深い寵愛を受けていた。帝は麗娟に紐や帯を身に着けることを禁じた。紐や帯がその肌膚に痕をつけることを恐れたのである。 麗娟は歌舞に秀で、その歌う…

返生香

中国の遥か西方の聚窟州に神鳥山がある。神鳥山には楓とよく似た樹木が生い茂り、その花や葉の放つ芳香は数百里の先まで香った。返魂樹という。この樹はまた犀のような声を発する。これを聞いた人は皆、魂消てしまう。その根を切って玉の釜でとろ火で煮詰め…

二人の母

潁川(えいせん、河南省)に富豪がいた。兄弟で同居しており、それぞれの妻は懐妊していた。 数か月後、兄嫁は流産したのだが、このことを隠していた。弟嫁が陣痛を訴えると、自分も陣痛を訴え、ともに産屋(うぶや)に入った。弟嫁が男の子を産むと、兄嫁は…