呉生の妾

江南の呉生(ごせい)は会稽(かいけい、浙江省)を旅した折に、劉氏を娶って妾にした。


数年後、呉生は雁門郡(山西省)のある県の知事に任じられ、劉氏を連れて赴任した。この頃から、呉生はあることで悩むようになっ
た。劉氏の気性が変わってしまったのである。


娶ったばかりの頃の劉氏は、おとなしくてしとやかであった。それが数年もすると、荒っぽくなり、今では凶暴になった。ひとたび怒りを爆発させると、使用人を殴りつけた。時には歯をむき出してかみつき、血が流れるまで放さないこともあった。呉生は劉氏をしだいにうとむようになった。


ある日、呉生は郡の将校数人と野外で狩りを出かけ、数多くの兎や狐をしとめた。獲物は厨房に運び込んだ。


翌日、呉生が外出から戻ると、厨房の獲物がすべてなくなっていた。劉氏にたずねても、うなだれたまま答えない。呉生が下女を問いつめると、こう答えた。


「全部、奥様がお召し上がりになりました」


「全部だと? あんなにたくさんあったのに。お前達もどうして言われるままに料理したのだ」


「いいえ、料理はしておりません。奥様は生のまま召し上がったんです」


「生のままだと?」


この一件から、呉生は劉氏の正体が化物ではないかと疑うようになった。


それから十数日が過ぎた。呉生のもとへ、部下の一人から一頭の鹿が贈られてきた。呉生は鹿を中庭に運び込むと、劉氏に、


「役所の用を思い出した」


と言い残して出かけた。呉生は外へ出ると、中庭をのぞくことのできる場所に身を隠した。


呉生が見守っていると、劉氏が中庭に降りてきた。髪をふり乱し、袖をまくりあげ、目をかっと見開いた姿は尋常ではなかった。劉氏は左手で鹿をつかむと、右手を腹につっ込んで内臓を引きずり出し、ガツガツと食らった。


呉生は驚きのあまり、腰が抜けそうになった。這うように役所に駆け込み、部下と兵士を呼び集めた。総勢十人あまりが武器を手にして、中庭に突入した。劉氏は呉生が来るのを見ると、着物を脱ぎ捨て仁王立ちになった。


それは一匹の夜叉であった。稲妻のように光る目、剣のように鋭い歯、筋骨たくましく、全身は青黒かった。兵士は皆、こわがって、近づく者はなかった。


その時、夜叉が四方を見回した。何かを恐れているように見えた。しばらく見回した後、東に向かって、疾風のように駆け去った。



(唐『宣室志』)