金の蝋燭

秦檜(しんかい)が権勢をふるっていた時のことである。雅州(四川省)の太守が秦檜の誕生日に山のような贈り物を整えたのだが、その中に百本の太い蝋燭(ろうそく)が百本あった。もちろん権勢家への贈り物なのだから、普通の蝋燭であろうはずがない。それは純金を芯にして、蝋に花模様をほどこした物であった。太守はこれらの高価な品を十一人の兵卒に都まで護送させた。


一行は鄂州(がくしゅう、湖北省)の三山まで来たところで、大雨に遭った。日もすでに山の端に姿を隠そうとしていた。路傍に一軒のあばら家があったので、一夜の宿を乞うことにした。応対に出たのはみすぼらしい身なりをした読書人であった。冬だというのに、薄い単(ひとえ)ものを着て莚(むしろ)を寝床としていた。


「お泊めしたいのはやまやまですが、我が家は雨漏りがひどく、おそらく御用の品を台無しにしてしまうでしょう。ここから一里ほど行くと、もう一軒民家があります。そこなら、家の造りもしっかりしているので、雨漏りの心配もありませんよ」


雨の中を一里ほど歩くと、果たして一軒の民家があった。主人の魚(ぎょ)は一行を喜んで迎えた。かいがいしく湯を沸かし、食事の支度をしてくれた。


「どちらからおいでで?」


一行は魚に問われるままに、任務の内容を話して聞かせた。魚が厨房に下がると、妻がそっと耳打ちした。


「あの人達は秦太師への誕生祝いを運んでるんだってね。ごらんよ、あの荷物の重そうなこと。中身は金銀財宝がぎっしりさ。あれを手に入れられたら、一生遊んで暮らせるよ」


「お前、何をバカなことを言ってるんだよ。相手は十一人もいるんだぜ。このおれが敵(かな)うわけないじゃないか」


妻は懐から小さな巾着を取り出した。


「これがあるよ」


巾着の中身は毒薬であった。魚の妻は淫蕩(いんとう)な尼僧や人妻に毒薬を売って、生み落とした子供を処分する手伝いをしていた。魚は妻にそそのかされ、毒薬を猫いらずやほかの薬と一緒に酒に混ぜて一行に飲ませた。


夜中になって毒の効き目が現われ、一行は意識を失った。ただ、頭目格の男だけは少ししか酒を飲まなかったため、毒に中らなかった。魚はまずこの男を手斧で殴り殺し、残りの十人も始末した。手に入れた金品を土中に埋めて隠した。蝋燭の芯が純金であることは知らなかったので、寝台の下にしまっておいた。


しばらくして、あばら家の読書人が妻を迎えることとなった。魚は隣人のよしみで蝋燭を二本贈った。


読書人が持ち帰った蝋燭に火を点そうとしたところ、どうしても火がつかない。蝋燭をけずると、純金製の芯が現われた。以来、読書人は何かと理由をつけては、魚に蝋燭を求めるようになった。


このようなことが何度か続き、魚も不審に思うようになった。そこで、残りの蝋燭を取り出して仔細に眺めてみると、芯に純金を使ったものであることに気づいた。魚と妻は、ある夜、読書人とその妻を自宅に招いて殺した。


後に魚夫婦は漢陽(かんよう、湖北省)に移り住み、米屋を開業した。魚が若く美しい妾を買い入れようとすると、妻は言った。


「お妾を置こうだなんて、ごたいそうな身分だわね。こんな身分になれたのは、一体誰のおかげだと思ってるのかい? そんなにあたしを邪険に扱うのなら、洗いざらいぶちまけてやるからね。憶えておいで」


これには魚も返す言葉がなかった。


妾を置くことをあきらめた魚は、頻繁に遊廓に出入りするようになった。ある時、なじみの妓女に珠玉で作った花を贈った。妓女が贈られた花をながめていると、葉の裏に雅州の太守の姓名が書かれてあることに気づいた。妓女は不審に思ってほかの客に見せた。客は妓女に役所に訴え出るよう助言した。


魚夫婦が捕らえられたのはそれから間もなくのことであった。二人とも市中で八つ裂きの刑に処された。


当時の秦檜の権勢はたいそうなもので、その機嫌をとるためにあちこちから賄賂(わいろ)として高価な品が届けられていた。金塊は言うまでもなく、考えうる限りの珍しい品を求めて贈ったのだが、秦檜の意を迎えられた者はなかった。たとえ金の蝋燭が届いていたとしても、見向きもされなかっただろう。



(宋『鬼董』)