疑惑

[菫邑](ぎん)県(浙江省)大松場の海辺に住む甲はちびで醜男(ぶおとこ)で、その上、頭も弱かった。まったくさえない男であるにもかかわらず、妻はたいそうな美人であった。妻は醜い夫を嫌い、乙と関係を持った。しかし、妻はすぐに乙に飽き、今度は丙と関係を持った。妻はたくましい丙にすこぶる満足した。


ある日、甲の妻は丙に言った。


「乙をどうしようかしら。下手に追い返したりしたら、あたしとの関係を言いふらすかもしれない。ねえ、いっそのこと殺してしまったらどう?」


丙は人気(ひとけ)のないところで乙を殴り殺し、死体を海に沈めた。


しばらくして、甲の妻はまたこう言った。


「まだ亭主がいるわ。もし、乙を殺したことを亭主が知ったら、どうしよう。殺すしかないんじゃない? 亭主がいなくなったら、あたし達、一緒になれるわ」


丙は海に出た折、事故に見せかけて甲を殺した。そして、地元の有力者である潘(はん)氏に願い出て、甲の妻と夫婦になった。


地元の人々は誰もが二人を疑った。しかし、残念ながら死体は見つからず、殺人を示す証拠は何もなかった。



(元『至正直記』)