李清

李清(りせい)は呉興(ごこう、浙江省)の於潜(おせん)の人である。大司馬府参軍督護(だいしばふさんぐんとくご)として桓温(かんおん)に仕えていた。


勤務中に病にかかり、帰宅して死んだのだが、本人は自分が死んだことに気づかなかった。伝令が幡(はた)を持って呼びに来た。


「閣下のお召しだ」


李清は桓温に呼ばれたものと思い、急いで起き上がると、衣冠を着けてついて行った。外に竹の車が待っていた。李清が乗り込むと、二人が後ろから車を押した。まるで、飛ぶように早かった。


やがて、車は朱塗りの門に到着した。李清が車から降りると、友人の阮敬(げんけい)がいた。阮敬は死んでから、すでに三十年が経っていた。この時、李清はようやく自分が死んだことを知った。


「君はいつ来たのか? 我が家はどんな様子かね?」


 阮敬にたずねられ、李清は答えた。


「ひどいことになっているよ」


阮敬の家では、その死後、息子達が遺産争いをしていたのであった。


「ああ、やはり……」


 阮敬はぽろぽろと涙を流した。


「私の子や孫はどうしているかね?」


「元気に過ごしているよ」


阮敬は少し考え込んでから言った。


「君をここから助けてあげたら、我が家の争いを収めてくれるかい?」


「そうなれば、君は恩人だ。その恩にはきっと報いるよ」


「僧達道人(そうたつどうじん)は非常に尊敬を受けている。きっと、助けてくれるだろう」


阮敬はそう言って奥へ入っていった。しばらくして、人を通じてこう伝えてきた。


門前の四層の寺は、官(=冥府)が建立したものだ。僧達はいつも夜明けに礼拝に入る。その時、心を込めて頼むのだ」


李清が寺に入ると、一人の僧侶に声をかけられた。


「汝は私の七世前の弟子だ。すでに七世にわたって福を受け、世俗の享楽に迷って本業を忘れ、正道に背いて邪道に陥っている。いずれは大きな罰を受けるだろう。今、悔い改めれば、まだ間に合う。和尚様は明日になればここを出られる。その時には、私からも口添えしてやるから」


李清は竹の車に戻って、寒さに震えながら夜を明かした。夜明けに寺の門が開き、僧達が出てきた。


李清は進み出て、その前にひれ伏した。道人は言った。


「汝はこれより行ないを改め、御仏(みほとけ)の教えに帰依し、僧侶を尊ぶのだ。この三つを守れば、横死を免れるであろう。また、人々に御仏の教えを伝え広めるのだ。そうすれば、苦難を免れるぞ」


李清はその教えをありがたく承った。


そこへ、昨日、会った僧侶も来て、僧達の前に跪いた。


「この者は拙僧の宿世の弟子でございます。正道を失い、御仏の教えを忘れたために、あやうく苦しみを受けるところでした。ありがたくも僧達師のおかげを蒙り、正道に立ち戻ることができました。どうか、これから先も、お慈悲をもってこの者をお助け下さい」


僧達は言った。


「もともと福運に恵まれた者なのだから、助けるのは容易なことだ」


話し終わって、朱塗りの門に戻ろうとすると、門の中から人が出てきた。


「李参軍がお帰りになりますよ」


その人が中に呼びかけると、阮敬がすぐに出てきた。そして、一本の青竹の杖を与えて、


「目を閉じて、これにまたがりたまえ」


と言うので、李清がその通りにすると、すぐに家に着いた。


家族が遺体を取り巻いて泣き、広間には近所の住人が集まっていた。李清は中に入ろうとしたが、生者の気が強すぎて入れない。折よく棺が到着し、家族と近所の住人達は遺体を残して見に行った。


自分の遺体の前まで来てみると、すでに腐臭が漂いはじめていた。李清は戻ってきたことを後悔した。その時、後ろから突き飛ばされて倒れたかと思うと、そのまま死体の中に入ってしまった。しばらくして、息を吹き返した。


李清はすぐに阮敬の家財を整理して、息子達にそれぞれ分けた。


以来、李清は仏門に帰依し、人にも入信を勧めた、ついに優れた信徒となったのであった。



六朝『冥祥記』)