博徒

孝廉(こうれん、郷試の合格者)のなにがしは長い受験生活を送るうちに困窮し、日々の暮らしにも困るようになった。友人や親戚に借金を申し入れても、誰も貸してくれない。そんな中、近所に住む博徒(ばくと)だけが、


「先生、おかげさまで今日は大勝ちしましたよ」


と言って、色々と援助をしてくれた。なにがしが受験で上京することになった時にも、博徒は旅費を出した上に、留守中の家族の生活の面倒まで見てくれた。


なにがしはみごと合格し、県知事の職を授けられた。彼は博徒の恩に報いるために、人を迎えにやった。しかし、博徒は、


「あっしら博徒は気随気ままに暮らすのが性に合っておりやす。お邸なんかに閉じ込められたら、窒息しちまいますよ。そんなの真っ平でさあ。先生のところでお世話になったとしても、日がな一日、いかがわしい連中とつるんで、先生のお名を汚すかもしれませんぜ。そんなのおいやでしょう」


そこで、なにがしが千金を贈ろうとすると、またもや受け取らない。


「毎日、千金いただいても、賭場ですっちまうのがおちですよ。せっかくのご好意を無にするだけでさあ。あっしの貧乏は死ななきゃ治らんでしょう」


博徒はそう言って笑った。


この博徒は身を引く時期を心得ていたのだろう。



(清『右台仙館筆記』)