自白

遠くへ旅に出て長く家を空けていた男がいた。久しぶりに家に帰ると、妻が殺されていた。首は持ち去られていたが、衣服から妻とわかった。妻の実家に知らせに走ったところ、妻の両親は男が殺したものと思い、取り押さえ
て役所につき出した。


「婿が娘を殺しました」


男は監獄につながれ、獄吏(ごくり)から厳しい拷問を受けた。拷問の苦しさに耐え切れず、男は妻殺しを認めた。


「妻の不貞を知り、カッとなって殺してしまいました。謹んで刑に服します」


獄吏は男の供述をもとに文書を作成し、郡の太守に提出した。郡の太守はこの事件の処理を従事に委ねることにした。誰もが、これで事件は落着すると思った。


しかし、処理を委ねられた従事はこの事件に疑問を抱いた。従事は太守に申し出た。


「事は人一人の命に関わる問題です。誤って死罪にでもしてしまったら、取り返しはつきません。慎重に処理しなければなりません。まず考えなければならないのは、夫たる者がそう簡単に妻を殺すかということです。しかも、長く連れ添った妻の首を捨てることなどできるものでしょうか。それほど不仲だったのなら、もっとうまい方法があったはずです。病死や事故に見せかけることだってできます。どうしてあのような殺し方をしなければならないのです。真っ先に自分が疑われるのはわかっていることではありませんか。しばらく調査する猶予(ゆうよ)を下さい」


太守は従事に事件の再調査を命じた。従事は別に監獄を設けて男を移すと、自ら尋問することにした。決して拷問を加えるようなことはせず、男の心をほぐすように行なった。また、衣食などの待遇も人並みに改善したが、決して監視の目は緩めず、外部との接触も断った。


その一方で、慎重に人員を選んで調査班を作り、各地に派遣して、新たに葬られた人がないか、葬儀を営んだのは誰か、を調べさせた。死因や葬儀において不審な点があれば、どんなに些細なことでも報告させた。


各地で聞き込みを行なううちに、


「富豪の家で葬儀の手伝いをしたことがあります」


と言う者が出てきた。色々たずねてみれば、


「何でも乳母が殺されたそうです。垣根から棺(ひつぎ)を担ぎ出したのですが、妙に軽くてまるで何も入っていないようでした」


とのこと。埋葬場所を聞き出して、早速、墓を掘り返させた。果たして、棺の中には女の首だけが入っていた。妻の両親に首を確認させたところ、


「娘ではありません」


と言う。そこで、富豪を捕らえて尋問すると、男の妻が邸にかくまわれていることが判明した。富豪は乳母を殺して首だけ葬り、首のない死体を妻の代わりに残しておいたのであった。富豪は家族もろとも斬首に処せられた。


事件の審理は拷問による自白だけにたよってはならない。よくよく慎重に行なわれるべきであろう。



(五代『玉堂閑話』)