詩人の魂

ある男が船で巴峡(はきょう、三峡下りの名所)を下っていた。夕方、船は小さな入江に停泊した。


夜もふけて、うとうとしはじめた時のことである。風に乗って詩を吟唱する声が聞こえてきた。


時に高く、時に低く、その声は孤独と悲哀に満ち、聞く者の魂を揺さぶった。近くに停泊した船にでも詩人が乗り込んでいて寝つかれないままに詩を詠んでいるのだろう、と思って耳を傾けた。吟唱は夜通し続いた。


夜が明けるのを待って、声の主の船を訪ねることにした。声の聞こえてきた方角を頼りに近くの入江を探したが、どこにも船の姿は見られなかった。ただ、深山幽谷が天を摩し、蕩う河の流れがどこまで続くだけであった。時折、どこかで猿の悲しげな鳴き声がこだますのが聞こえた。


入江の岩陰で、男はついに求めるものを見つけた。


それは一体の白骨であった。



(唐『紀聞』)



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