王鑑
エン州(山東省)の王鑑(おうかん)は豪胆で、こわいもの知らずであった。特に鬼神のたぐいの存在を認めず、侮蔑(ぶべつ)するような発言をはばからなかった。
開元年間(713〜741)に、王鑑は酔いにまかせて、馬で町から三十里(当時の一里は約 560メートル)離れた荘園に出かけた。この荘園を訪れるのは五、六年ぶりのことであった。十里ほど行ったところで、日が暮れてきた。その時、鬱蒼と茂った林の近くに女が一人いて、声をかけてきた。
「もし、どちらまで?」
王鑑が行き先を告げると、女は包みを一つ託した。王鑑が受け取るなり、女の姿はかき消したように見えなくなった。不思議に思いながら包みを開くと、中身は紙銭や骨ばかりであった。王鑑は、
「馬鹿な幽鬼がおれをからかいに出てきたってわけか」
と笑い、馬にむちを当てて進んだ。
しばらく行くと、行く手に十人あまりが焚火を囲んでいるのが見えた。
「これはちょうどいい」
寒いし、日も暮れたので、馬から下りて火に当たった。そこで、先ほどの女のことを話したのだが、誰も返事をしない。よく見ると、火に当たっている人の半数の頭がない。頭のある者もいたが、皆、面衣(めんい、ベールの一種。塵よけだけでなく死者の顔を覆うこともあった)で顔を覆っていた。
驚いた王鑑は馬に飛び乗り、その場を逃げ出した。
夜もとっぷり更けた頃、王鑑は荘園にたどり着いた。王鑑は狂ったように門を叩いた。
「おれだ、開けろ、開けろ」
門はぴったりと閉じられたままで、誰も出てくる気配がなかった。
「さっさと開けないか。お前ら全員、よそへ売り飛ばすぞ」
王鑑は罵りながら門を叩き続けた。その時、門が静かに開き、下僕が出てきた。
「これは、これは旦那様、お久しゅうございます」
王鑑があれだけ騒いだのに、ほかの者はまだ寝ているようで、荘園の中はひっそりと静まり返っていた。
「おい、お前だけか? ほかの連中は何をしているのだ。まあ、いい。灯りを持ってこい」
下僕は奥に引っ込み、すぐに灯りを持って戻ってきた。その灯りが妙に青暗かった。
「何だ、この灯りは。まともな灯りはないのか」
王鑑はむちをふりあげて、下僕を打とうとした。すると、下僕がポツリと言った。
「この十日の間に荘園の使用人七人が病にかかり、相次いで死にました」
「馬鹿なことを。お前は元気ではないか」
「はあ、私ももう死んでおります。先ほど旦那様のお呼びになる声が聞こえたので、起きてお迎えに上がったのです」
言い終わるなり、下僕は地面に倒れた。すでに息はなかった。
「わあっ!」
王鑑は気も動転してその場を離れた。近くの村に駆け込んで、泊めてもらった。
一年後、王鑑は病で死んだ。
(唐『霊怪集』)