僧侶自焚

金の法では、女真人が漢地を治める時には必ず通事(通訳のこと)を置くことになっている。もちろん言葉が通じないからであるが、一切の意思疎通が通事を通して行なわれるため、賂(まいない)を受けて事実をゆがめることも多々あった。そういうわけで、ひとたび通事になれば二、三年で一財産を築くことができた。


皇族の銀珠哥大王(ぎんしゅかだいおう)は武功で出世したため、民間のことには明るくなかった。かつて燕京(えんけい、北京)留守となったが、すべて通事まかせにしていた。


燕京の数十家が、ある僧侶から六、七千万銭も借金をしていた。返済を求めても、まったく払おうとしないため、僧侶は訴訟を起こした。借金をしていた人々は恐れ、皆で通事に賂を贈って返済期限を延期するよう取り計らっ
てもらおうとした。通事は言った。


「その方達、期限を引き伸ばしたところで、返すことなどできないのだろう。これにもう少し色をつければ、あの僧侶を死なせてやってもよいぞ。借金を全額返すことを思えば、たいしたことではないだろう」


皆は喜んで、通事への賂に上乗せした。


裁判の当日、僧侶は跪いて銀珠哥大王の判決を待った。通事が女真語に訳した訴状を読み上げた。


「久しく日照りが続き、雨が降りません。愚僧は我が身を焚いて、百姓に恵みの雨をもたらしたく存じます」


実は僧侶が提出した訴状を別のものとすりかえておいたのであった。銀珠哥大王はうなずいて、訴状の末尾に署名をしてこう言った。


「塞痕(サイカン、『よい』の意)、塞痕」


待ち構えていた下役人二十人が僧侶を外へ連れ出した。僧侶はさっぱりわけがわからず、


「先ほど殿下は何とおっしゃられたのでしょう?」


とたずねた。すると、一人が答えた。


「その方の行いをよい、とほめておられたのだ」


僧侶は返済の強制命令が出されたものと思った。それにしても、どうして自分が引き立てられていかなければならないのだろう、と疑問に思った。城外まで出ると、金を貸している人達が積み上げられた薪の横でにこにこ笑っていた。


「やっぱりえらいお方は違う。我が身を犠牲にして、この日照りから皆を救おうというのですから」


そして、僧侶を薪の上に担ぎ上げ、火をつけた。僧侶は泣き叫んで救いを求めたが、そのまま焼け死んだ。



(宋『松漠紀聞』)