白気

河南の龍門の僧侶、法長(ほうちょう)は鄭州河南省)原武(げんぶ)の人であった。


宝暦年間(825〜827)に、法長は故郷の原武に戻った。家には数頃(当時の一頃は約 580アール)の田畑があり、まだ刈り取りをすませていなかった。


ある夜、法長が馬で田畑の間を駆けていると、馬が突然、止まった。むちで打っても一歩も動かず、ただ目を見開いて東の方を見つめるばかりであった。この夜は月が明るく、数百歩向こうまで見渡せるほどであった。


法長が馬の視線の先を見ると、確かに何かいる。古木のような色をしており、じっと動かなかった。法長がじっと見つめていると、それは突然、ものすごい勢いでこちらに向かってきた。法長は恐ろしくなり、道をはずれて数十歩のところまで逃げ、様子をうかがった。


近くまで来てわかったのだが、それは一団の白気であった。高さは六、七尺(当時の一尺は約31センチ)ほどで、魚の塩漬けを腐らせたような臭いがした。


それはうめき声のような音を発しながら、西へ去っていった。法長は馬でその後を追ったが、常に十数歩の距離を保つことを忘れなかった。一里ほど行き、王という村人の家の前にさしかかると、それは門の中に入っていった。


法長は馬を止めて中の様子をうかがった。突然、


「車に繋いだ牛が死にそうだよ。みんな、見に来ておくれ!」

と叫ぶ声が聞こえた。また、しばらくすると、


「馬小屋の驢馬が倒れちまった。ああ、もうだめだ!」


と叫ぶ声がした。しばらく静かになったかと思うと、今度は泣き叫ぶ声が聞こえた。


中から人が出てきたので、法長は通りすがりのふりをして、何があったのか、と声をかけた。すると、その人は言った。


「この家の主の十数歳になる子供が突然、死んでしまったのです」


その言葉も終わらないうちに、再び家の中から泣き声や叫び声が聞こえてきた。その人はあわてて中に引き返した。夜になると、声はしだいに小さく、弱々しいものになった。そして、夜が明ける頃には、何も聞こえなくなった。


法長は不審に思い、隣家に知らせて、一緒に様子を見に入ることにした。扉越しに呼びかけたが、家の中はひっそりと静まりかえっていた。扉を破って中に押し入ると、一家十数人全員が息絶えていた。人だけでなく、鶏や犬に至るまで、生きているものはなかった。



(唐『宣室志』)



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