孝子の幽鬼
海陵(かいりょう、江蘇省)に孝子がいた。七、八歳の時に父親が他郷で死んだのだのが、家に余分な蓄えはなく、孝子は幼いうちから懸命に働いた。そのおかげで、母親は再婚しなくてすんだ。
成人すると、某氏の娘と婚約した。しかし、まだ娶らぬうちに、孝子は急な病で死に、母親は寄る辺のない身となった。
隣人のなにがしが孝子の母親を娶ろうと思い、媒人(なこうど)の口からこう言わせた。
「夫を早くに亡くし、その上、頼みの息子も亡くなり、ほかに頼る人はないではありませんか。衣食にもこと欠く身で、これからどうするつもりか。うちに来て、老後をともに過ごそうではないか」
母親はこの申し入れを承諾しようとした。
その夜、孝子の泣き声が聞こえた。姿は見えなかったが、泣き声は母親の寝台を周囲をしばらく巡ってから、こう言った。
「私は体こそ死んでしまいましたが、心はまだ死んでおりません。姿は見えなくても、魂はずっとそばにおります。お隣が母さんを奪おうとしているそうですが、それを受けるするつもりなのですか?」
母親は泣きながら答えた。
「私が喜んで受け入れたと思うのですか? 父さんが死に、お前まで死んでしまって、私はこれから先、誰を頼りに生きていけばいいのか。何かいい考えでもあるのですか?」
「私は生きている時には、母さんのお世話をし、嫁を娶る算段までいたしました。不幸にして、私が早死にしまったために、母さんは寄る辺を失ってしまいました。嫁の家から結納を取り戻して、母さんの生活の足しにしましょう」
「先方が返すことを承知しなかったら、どうするの?」
「私が話をつけてきます」
果たして、この夜、某氏の家では怪異が起こった。おびえた某氏は、結納を倍にして返してきた。これで母親は自活することができるようになった。
三年あまりが過ぎると、結納も底をついた。母親は孝子の魂を呼んで、相談した。
「生きている時にも働いて母さんを養えたのです。死んでも、働いて養えますよ」
「お前は幽鬼なのだよ。どうやって働くっていうの?」
「母さんは市場へ行って下さい。そして、荷担ぎに、『荷物をいつもの倍、担げたなら、それは私の息子が手伝っているのだ』と言えばいいのです」
母親は市場に言って、息子に言われた通り、荷担ぎに話してみた。荷担ぎは、
「あんたの死んだ息子がどうやっておれを手伝ってくれるんだ?」
と笑って、本気にしない。
「まあ、試してごらんなさい」
果たして、荷担ぎはいつもの倍の荷物を担ぐことができた。目に見えない手が助けてくれるのを感じた。こうして、担ぎはいつもの倍の賃金を稼ぎ出し、その半分を母にくれた。
孝子は毎日、荷担ぎを手伝ったので、母は死ぬまで暮らしに困ることはなかった。
(清『虞初新志』)
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