疑心暗鬼

建寧府(けんねいふ、福建省)城外に林二四(りんじし)という漬物売りが住んでいた。


毎日、天秤棒を担いで城内まで漬物を売りに行っていた。商売はそこそこに順調だったが、一つだけ問題があった。行き帰りに必ず刑場を通らなければならなかったのである。この林二四という男、口ではいかにも肝の太そうなことを言っていたが、実は人一倍小心者であった。彼にとっては商売の成り行きよりも刑場を通る恐怖の方が一大問題だったのである。


さて、林二四はその日もいつものように城内へ漬物を売りに行った。知り合いに会って話し込んでいたため、帰る頃にはすっかり暗くなっていた。内心びくびくしながら刑場に差しかかった時である。後ろから突然声を掛けてきた者があった。思わず駆け出しそうになった林二四に、


「まあまあ、待って下さいよ。私も帰る途中なのですが、物騒なのでご一緒させて下さいませんか」


と言う。どうも生きている人間のようである。林二四はやれうれしや、ということで男を後ろに連れて一緒に帰ることにした。道中、四方山話(よもやまばなし)をしていると相手がきいて来た。


「あなたはいつも夜遅くに、こんな所を通って怖くありませんか?ここは幽鬼が出るので有名でしょう」


林二四は胸を張って答えた。


「怖くなんてありませんね。こっちは生きてる人間、相手はたかが幽鬼ですよ。何で怖がらなきゃならんのです。それに私はいつも刀を持ち歩いているのでね。怖いものなんてありませんよ」


「そうですか。あなたは肝が太いんですね。でも、私は怖いなあ」


そう言って何度も怖くないかと念を押してくる。そこで林二四は言った。


「一人ならいざ知らず、今はあなたという連れがいるんですよ。幽鬼に会ったからといってどうってことはありませんね」


そういうやり取りを何度かしたが、そのうち相手がこんことを言い出した。


「ほんとに怖くないんですね。じゃあ、ちょっとこっちを向いて下さいよ」


言われて林二四が振り向くと、後ろを歩いているの男にはあるはずの首がなかった。ビックリ仰天した林二四は天秤棒を投げ捨てると、一目散に走り出した。そのまま家まで走って帰り、そのまま寝室に飛び込み、そのまま布団を被ってがたがた震えていた。それから丸一ヶ月、寝込んでしまった。


小心者ほど大きなことを言うものである。



(元『湖海新聞夷堅続志』)



中国怪談 (角川ホラー文庫)

中国怪談 (角川ホラー文庫)