小人達

漢の武帝が未央(びおう)宮に群臣を集めて宴会を開き、ご馳走を箸に挟んで口に運ぼうとした時、かすかに人の声が耳に入った。


「爺いめが、お恐れながらお願い申し上げたき儀がござりまする」


帝が辺りを見回したが、姿は見えない。あちこち探させると、ようやく梁の上に身の丈八、九寸(約20センチ)の老人がいるのを見つけた。しわくちゃの赤ら顔に髪も髭も真っ白で、杖をつき背を屈めて歩いている姿は天寿の限りを生き抜いた老人と見受けられた。帝はたずねた。


「ご老体は姓は何と言われる。住居は何処じゃ。どういう悩みがあって朕に訴え出られたのじゃ」


すると老人は柱を伝った降りて来たのだが、杖を捨てて地に頭を擦りつけたまま一言も発さない。やがて頭を上げて天井を見上げると、今度は頭を下げて帝の足を指差したかと思うと、ふいに姿を消してしまった。帝は驚くだけで何のことだかさっぱり分からない。しばし考えた後、


「東方朔(とうぼうさく)ならわかるだろう」


と早速、呼び寄せてことの次第を物語った。すると朔の答えるには、


「そのものの名は『藻兼(そうけん)』と申しまして、水木(みずき)の精でございます。夏は奥深い林にこもり、冬は深い川底に潜んでおります。近頃陛下にはしきりと宮殿の造営をなさっておられ、そのため住居である林が伐採されておりますので、訴え出たものに違いありませぬ。頭を上げて天井を見上げ、また頭を下げて陛下の足を指差したのは足ると言う意味で、陛下に宮殿はこれで十分とされるよう願っているのでございます」


帝はこの説明に感じ入ったのであった。


工事を止めてしばらく経ったある日、瓠子(こし)河に行幸したところ、水底から弦歌の音が聞こえ、梁の上にいた老人と若者数人が現れた。赤い衣に白い帯、鮮やかな冠の紐と佩玉が目に映った。いずれも身の丈八、九寸であるが、一人だけ一尺(約23センチ)余りの者がいる。波の上に浮かびでたのだが、衣服は濡れていない。中には楽器を抱えた者もいた。


帝はちょうど食事中であったが、それ見ると急いで箸を置き、食卓の前に並んで坐らせた。帝が、


「水底から音楽が聞こえてきたのは、その方らの仕業か」


とたずねると、老人は、


「爺いめが以前に恐れ多くもお願いの筋を申し上げ出ましたところ、陛下には限りないお恵みを賜わり、ただちに伐採をおとり止めになられました。おかげで住居を無事に残していただくことができ、喜びの余り、内々で祝宴を開いておりました次第でござります」


と答えた。帝が、


「音楽を奏してはくれまいか」


と頼むと、


「そのために楽器を持って来たのでございます。どうして否やがござりましょう」


と答え、身の丈の最も大きい一人が弦の調子を合わせて歌い始めた。



  天地に等しき君がみ恵み
  我を哀れみ斧止めたもう
  家は安穏 我が身を寄せん
  君が齢は 千代に八千代に



歌声の大きさは普通のひとと変わるところなく、清らかに響き渡ってしばらくは余韻が漂っていた。また二人が笛を吹き節(カスタネットに似た楽器)を打ち鳴らしたが、見事に調和した演奏であった。


帝は喜んで杯を上げ、皆に勧めて言った。


「朕は不徳で雅やかな贈り物を受けるにふさわしくないのじゃが」


老人達は立ち上がって杯を受けると数升飲んだが、顔色は変わらなかった。そして帝に紫の螺(たにし)の殻を献上した。中には牛の脂のような物が入っていた。


「朕は無学でこれが何か分からぬわい」


と言うと、


「東方殿がご存知でござりましょう」


と答えた。帝が、


「他に珍しい物をいただけまいか」


と言うと、老人は振り返って洞窟の宝珠を取って来るよう命じた。命を受けた一人が淵の底に潜って行ったかと見ると、すぐに戻って来て大きな真珠を差し出した。直径は五、六寸もあり、この世の物とは思えない輝きを放っていた。すっかり気に入った帝が見とれている内に、老人達は姿を消してしまった。


帝が朔を呼び寄せて、


「紫の螺の殻の中身は一体何じゃ」


とたずねると、


「それは蛟龍(こうりゅう)の髄でござります。顔に塗りますと、肌が艶やかになります。また妊婦が塗りますと、お産が楽になります」


と答えた。たまたま後宮に難産で苦しんでいた女がいたので試しに塗ってみた。するとあんなに出てこなかった赤子がするりと出てきた。苦しんでいたのが嘘のようであった。


帝が顔に塗ってみると、肌が艶やかになった。また、


「この真珠を洞窟の宝珠と呼ぶのはどういったわけじゃ」


とたずねると、朔は、


黄河の底に深さ数百丈(当時の一丈は約2.3メートル)の穴がございます。中に赤い蛤(はまぐり)がおりまして、それが真珠を生むのでそう呼ばれております」


 帝はこのことにすっかり感じ入り、また東方朔の博覧強記ぶりに感心した。



六朝『幽明録』)



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