郭璞

晋の中興(東晋の成立)のはじめに、郭璞(かくはく)は卦で自分が不吉な最期を遂げることを知った。


ある時、建康(現在の南京)の堤(つつみ)を歩いていて、一人の少年を見かけた。その日はたいそう寒かったが、少年は単衣(ひとえ)しか着ておらず、懐に手を入れ、首をすくめるようにして歩いていた。郭璞は少年を呼び止めると、自分が着ていた絹綿(きぬわた)を入れた上着を脱いで与えた。少年は、


「このような高価なもの、お受けするわけにはいきません」


と言って受け取ろうとしない。


「受け取っておきなさい、後でわかるから」


郭璞はそう言って、少年の上着を着せかけた。少年は何度も礼を述べて立ち去った。


果たして、郭璞は王敦(おうとん)の怒りに触れて処刑された。処刑人は綿入れを与えた少年であった。郭璞の家族や友人は処刑人に向かって口々に、


「苦しまないようにお願いします」


と頼んだ。郭璞は言った。


「この人にはずっと前から頼んであるから大丈夫だ」


処刑人は郭璞から受けた恩義を思い出してすすり泣いた。そして、恩義に報いるべく、一刀のもとに郭璞の命を断ち切った。



六朝『捜神後記』)



游仙枕―中国昔話大集 (アルファポリス文庫)

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