古寺の怪

唐の貞元年間(785〜805)初めのことである。木師古(もくしこ)という旅人がいた。ある日、金陵(南京)の近くの村まで来たところで、日が暮れた。古寺に一夜の宿を求めると、住職は木師古を狭く、みすぼらしい部屋に案内した。


寺にはほかに客間があったのだが、扉を打ちつけて誰も入れないようになっていた。木師古は不服に思い、住職を責めた。すると、住職は、


「客間がもったいないからお泊めしないのではありません。実は、あの部屋に泊まった者は、決まって重い病にかかるのです。私がこの寺に来てから三十年あまりになりますが、その間におよそ三十人が体を損ねました。気味が悪いので、一年ほど前に封印して、それからは誰もお泊めしておりません」


木師古は住職が客間の掃除をしたくなさに、うそをついていると思った。そこで、返事をしないでいると、住職は、


「それほどまでにお疑いになるのなら」


と言って、弟子に命じて客間の扉を開けて掃除をさせた。木師古はようやく住職の言葉を信じるようになったが、うわべではなおも怒っているふりを続けた。


木師古は寝る時も用心を怠らなかった。携えた箱から小刀を取り出して、寝台に敷いた筵(むしろ)の下に隠した。木師古は安心して眠りに就いた。


二更(夜十時頃)頃、突然、冷たい風に吹かれて、目を覚ました。風の来る方を見ると、大きな扇のようなものが揺れていた。


扇は次第に近づいてきた。木師古は筵の下からひそかに小刀を取り出すと、力いっぱい切りつけた。確かな手ごたえとともに、寝台の横にバサッ、と音を立てて何かが落ちた。風がやんだので、木師古は小刀を筵の下にしまい、再び眠りについた。


四更(夜中の二時頃)に、再び冷たい風で目を覚ました。見れば、また、扇のようなものがこちらに近づいてくる。木師古は先ほどのように小刀で切りつけて倒した。木師古は小刀を握って待ち構えたが、何事も起こらないまま、夜明けを迎えた。


扉を叩く者があるので、誰かとたずねれば、住職と弟子達であった。


住職と弟子達は木師古の無事な姿に驚いた。昨夜、起こったことをたずねられ、木師古はありのままを話してから、着物をはたいて立ち上がった。


その時、人々は寝台の横に巨大な二匹の蝙蝠が落ちていることに気づいた。片方の翼の長さが一尺八寸(当時の一尺は約31センチ、一寸は約3.1センチ)あまりで、その目は瓜くらい大きかった。蝙蝠は全身が銀白色に輝いていた。


『神異秘経法』には、


「百年を経た蝙蝠は人の口から精気を吸い、長生の糧とする。三百年を経ると、人間に化けることができ、三界三十二天を飛行する」


と記されている。これに基づくならば、二匹の蝙蝠はまだ三百歳になっておらず、通力が劣っていたために、木師古に殺されたのであろう。


木師古はこのことがあってからというもの、道教の養生の術に興味を抱くようになり、修行のために赤城山浙江省)に入った。その終わりは誰も知らなかった。



(唐『広古今五行記』)



中国怪談 (角川ホラー文庫)

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