董知事

福建某県の知事、董(とう)なにがしは貪欲きわまりなかった。下僕の某は取り次ぎ役として、利益を貪っていた。


ある日、董知事は、下僕を連れて農村へ租税を取り立てに行った。途中まで来たところで、下僕が大声で叫んで馬から落ちた。見れば、左足が切られてなくなっていた、


痛みに泣き叫ぶ下僕を急いで近くの民家に運び込み、住民を召し出してたずねた。


「これは一体、どういうことか?」


「このあたりには、刀を飛ばして人の首や手足を切り取る邪法がはびこっております。首を切られた者は死にますが、手足ならば助かります。懸賞を出せば、きっとそれに応じる術者がいるでしょう」


董知事は立て札を出して、下僕を治せた者には三百銀を褒美に取らせる、と布告した。


すると、しわだらけの老人が、杖にすがってやって来た。


「治すことができますぞ」


と言って、先に銀子を求めた。董知事が、


「そう、慌てるな。証文を書いてやるから、後で役所に取りに来ればよいだろう」


と言うと、老人は承諾した。


老人は腰に提げた巾着から、小さな紙包みを取り出した。紙に包まれているのは人間の左足で、鳥の爪ほどの大きさしかなかった。それを下僕の傷に置き、上から衾で覆いた。そして、水を口に含んで吹きかけ、何やら呪文を唱えた。しばらくして、衾(ふすま)をめくると、左足は元通りになっており、支障なく歩くこともできた。


董知事は老人を捕らえて処罰しようとした。しかし、住民に、


「それはだめです。彼は人の首を取ることも朝飯前なのですよ。どんな禍を招くことになるか、おわかりでしょう」


と忠告され、さすがに恐ろしくなってやめた。


翌日、老人は証文を持って、褒美を受け取りに来た。董知事は額面通り払った。


後に、台湾の林爽文(りんそうぶん)が反乱を起こし、董知事は家族とともに捕らえられた。林爽文は、


「この者は銀子が死ぬほど好きだそうな。銀子の湯(スープ)を飲ませてやれ」


と言って、董知事の口に溶かした銀子を注ぎ込ませて殺した。下僕も同じ目に遭わされ、董知事の家族もすべて殺された。



(清『香飲楼賓談』)



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