見えない子供

呉(ご)の左中郎、広陵の相である胡煕(こき)には胡中(こちゅう)という娘がいた。婚約が決まり、嫁入りを待っている間に、胡中が突然身ごもった。相手は誰かと問いつめても、胡中自身にも心当たりのないことであった。


胡煕の父親の胡信(こしん)はたいそう厳格な人で、孫娘の不始末を許すことができず、胡煕の妻の丁氏に娘を殺すよう命じた。


その時、突然、胡中の腹中から鳥のさえずりのような声が聞こえた。


「どうして私の母親を殺さねばならぬのだ。私は某年某月某日に生まれるぞ」


家族は驚いて、胡信にこのことを伝えた。胡信もこの声を聞いて孫娘を殺すことをやめた。


果たして声が予言した日になると、胡中は子供を産んだ。不思議なことに、鳥のさえずりのような声が聞こえるだけで、子供の姿かたちは見えなかった。


成長すると、子供の声は普通に人と変わらなくなった。胡煕の妻は子供のために別の寝台を整えた。


ある日、子供は、

「おばば様、ちょっとだけ私の姿を見せてあげましょう」


と言った。子供が姿を見せると、胡煕の妻は紅い帷(とばり)包んで前と後ろを金の釵(かんざし)で留めた。子供の手や指はよく動き、琴を上手に弾くことができた。


時には祖母から母親の好物を聞いて、どこからか持ってきて差し出すこともあった。


ある日のこと、胡中が坐って縫い物をしていると、子供がふざけてその膝に抱きついて体によじ登ろうとした。胡中はそれをわずらわしく思って言った。


「人間はね、幽鬼の子供とは一緒にはいられないのよ」


子供はそれを聞くと怒った。


「母さんと遊びたいだけなのに、どうして幽鬼の子供と罵られなくてはならないの? よし、母さんの指先からお腹の中に入ってやる。少しは思い知ればいいんだ」


突然、胡中は指先に激痛を感じた。まるで、爪の間から何かが入り込んでくるようであった。痛みは腕の骨を通って上っていき、まるで刺し貫かれるようであった。胡中は激痛に息も絶え絶えになった。胡煕の妻が供物を捧げて祈ったところ、しばらくして激痛はおさまった。



六朝『録異伝』)